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特務曹長(挙手、叫ぶ。)「閣下!」
バナナン大将(徐《おもむろ》に眼《め》を開く。)「何じゃ、そうぞうしい。」
特務曹長「閣下の御勲功は実に四海を照すのであります。」
大将「ふん、それはよろしい。」
特務曹長「閣下の御名誉は則《すなわ》ち私共の名誉であります。」
大将「うん。それはよろしい。」
特務曹長「閣下の勲章は皆《みな》実に立派であります。私共は閣下の勲章を仰《あお》ぎますごとに実に感激《かんげき》してなみだがでたりのどが鳴ったりするのであります。」
大将「ふん、それはそうじゃろう。」
特務曹長「然《しか》るに私共は未《いま》だ不幸にしてその機会を得ず充分《じゅうぶん》適格に閣下の勲章を拝見するの光栄を所有しなかったのであります。」
大将「それはそうじゃ、今までは忙《いそ》がしかったじゃからな。」
特務曹長「閣下。この機会をもちまして私共一同にとくとお示しを得たいものであります。」
大将「それはよろしい。どの勲章を見たいのだ。」
特務曹長「一番大きなやつから。」
大将「これが一番大きいじゃ。ロンテンプナルール勲章じゃ。」胸より最大なる勲章を外し特務曹長に渡《わた》す。
特務曹長「これはどの戦役《せんえき》でご受領なされたのでありますか。」
大将「印度《インド》戦争だ。」
特務曹長「このまん中の青い所はほんもののザラメでありますか。」
大将「ほんとうのザラメとも。」
特務曹長「実に立派であります。」(曹長に渡す。曹長兵卒一に渡す。兵卒一直ちにこれを嚥下《えんか》す。)
特務曹長「次のは何でありますか。」
大将「ファンテプラーク章じゃ。」外す。
特務曹長「あまり光って眼がくらむようであります。」
大将「そうじゃ。それは支那《しな》戦のニコチン戦役にもらったのじゃ。」
特務曹長「立派であります。」
大将「それはそうじゃろう」(兵卒二これを嚥下す。)
大将「どうじゃ、これはチベット戦争じゃ。」
特務曹長「なるほど西蔵《チベット》馬のしるしがついて居《お》ります。」(兵卒三これを嚥下す。)
大将「これは普仏《ふふつ》戦争じゃ、」
特務曹長「なるほどナポレオンポナパルドの首のしるしがついて居ります。然《しか》し閣下は普仏戦争に御参加になりましたのでありますか。」
大将「いいや、六十銭で買ったよ。」
特務曹長「なるほど、実に立派であります。六十銭で
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