9−6]らぃ。」
「家のうしろの野原さ。」
そのとき虔十の兄さんが云ひました。
「虔十、あそごは杉植※[#小書き平仮名ゑ、49−9]でも成長《おが》らなぃ処《ところ》だ。それより少し田でも打って助《す》けろ。」
虔十はきまり悪さうにもぢもぢして下を向いてしまひました。
すると虔十のお父さんが向ふで汗を拭《ふ》きながらからだを延ばして
「買ってやれ、買ってやれ。虔十ぁ今まで何一つだて頼んだごとぁ無ぃがったもの。買ってやれ。」と云ひましたので虔十のお母さんも安心したやうに笑ひました。
虔十はまるでよろこんですぐにまっすぐに家の方へ走りました。
そして納屋から唐鍬《たうぐは》を持ち出してぽくりぽくりと芝を起して杉苗を植ゑる穴を掘りはじめました。
虔十の兄さんがあとを追って来てそれを見て云ひました。
「虔十《けんじふ》、杉ぁ植る時、掘らなぃばわがなぃんだぢゃ。明日まで待て。おれ、苗買って来てやるがら。」
虔十はきまり悪さうに鍬《くは》を置きました。
次の日、空はよく晴れて山の雪はまっ白に光りひばりは高く高くのぼってチーチクチーチクやりました。そして虔十はまるでこらへ切れないやうににこにこ笑って兄さんに教へられたやうに今度は北の方の堺《さかひ》から杉苗の穴を掘りはじめました。実にまっすぐに実に間隔正しくそれを掘ったのでした。虔十の兄さんがそこへ一本づつ苗を植ゑて行きました。
その時野原の北側に畑を有《も》ってゐる平二がきせるをくはへてふところ手をして寒さうに肩をすぼめてやって来ました。平二は百姓も少しはしてゐましたが実はもっと別の、人にいやがられるやうなことも仕事にしてゐました。平二は虔十に云ひました。
「やぃ。虔十、此処《ここ》さ杉植るな※[#小書き平仮名ん、50−11]てやっぱり馬鹿《ばか》だな。第一おらの畑ぁ日影にならな。」
虔十は顔を赤くして何か云ひたさうにしましたが云へないでもぢもぢしました。
すると虔十の兄さんが、
「平二さん、お早うがす。」と云って向ふに立ちあがりましたので平二はぶつぶつ云ひながら又のっそりと向ふへ行ってしまひました。
その芝原へ杉を植ゑることを嘲笑《わら》ったものは決して平二だけではありませんでした。あんな処に杉など育つものでもない、底は硬い粘土なんだ、やっぱり馬鹿は馬鹿だとみんなが云って居《を》りました。
それは全く
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