でやりました。それでも、小さなこどもらは寒がつて、赤くはれた小さな手を、自分の咽喉《のど》にあてながら、「冷たい、冷たい。」と云つてよく泣きました。
 春になつて、小屋が二つになりました。
 そして蕎麦《そば》と稗《ひえ》とが播《ま》かれたやうでした。そばには白い花が咲き、稗は黒い穂を出しました。その年の秋、穀物がとにかくみのり、新らしい畑がふえ、小屋が三《み》つになつたとき、みんなはあまり嬉《うれ》しくて大人までがはね歩きました。ところが、土の堅く凍つた朝でした。九人のこどもらのなかの、小さな四人がどうしたのか夜の間に見えなくなつてゐたのです。
 みんなはまるで、気違ひのやうになつて、その辺をあちこちさがしましたが、こどもらの影も見えませんでした。
 そこでみんなは、てんでにすきな方へ向いて、一緒に叫びました。
「たれか童《わらし》やど知らないか。」
「しらない。」と森は一斉にこたへました。
「そんだらさがしに行くぞお。」とみんなはまた叫びました。
「来お。」と森は一斉にこたへました。
 そこでみんなは色々の農具をもつて、まづ一番ちかい狼森《オイノもり》に行きました。森へ入りますと、すぐしめつたつめたい風と朽葉の匂《にほひ》とが、すつとみんなを襲ひました。
 みんなはどん/\踏みこんで行きました。
 すると森の奥の方で何かパチパチ音がしました。
 急いでそつちへ行つて見ますと、すきとほつたばら色の火がどん/\燃えてゐて、狼《オイノ》が九疋《くひき》、くる/\/\、火のまはりを踊つてかけ歩いてゐるのでした。
 だん/\近くへ行つてみると居なくなつた子供らは四人共、その火に向いて焼いた栗や初茸《はつたけ》などをたべてゐました。
 狼はみんな歌を歌つて、夏のまはり燈籠《とうろう》のやうに、火のまはりを走つてゐました。
「狼森のまんなかで、
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火はどろ/\ぱち/\
火はどろ/\ぱち/\、
栗はころ/\ぱち/\、
栗はころ/\ぱち/\。」
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 みんなはそこで、声をそろへて叫びました。
「狼どの狼どの、童《わら》しやど返して呉《け》ろ。」
 狼はみんなびつくりして、一ぺんに歌をやめてくちをまげて、みんなの方をふり向きました。
 すると火が急に消えて、そこらはにはかに青くしいんとなつてしまつたので火のそばのこどもらはわあと泣き出しました。
 狼《オイノ》は、どうしたらいゝか困つたといふやうにしばらくきよろ/\してゐましたが、たうとうみんないちどに森のもつと奥の方へ逃げて行きました。
 そこでみんなは、子供らの手を引いて、森を出ようとしました。すると森の奥の方で狼どもが、
「悪く思はないで呉《け》ろ。栗《くり》だのきのこだの、うんとご馳走《ちそう》したぞ。」と叫ぶのがきこえました。みんなはうちに帰つてから粟餅《あはもち》をこしらへてお礼に狼森へ置いて来ました。
 春になりました。そして子供が十一人になりました。馬が二|疋《ひき》来ました。畠《はたけ》には、草や腐つた木の葉が、馬の肥《こえ》と一緒に入りましたので、粟や稗《ひえ》はまつさをに延びました。
 そして実もよくとれたのです。秋の末のみんなのよろこびやうといつたらありませんでした。
 ところが、ある霜柱のたつたつめたい朝でした。
 みんなは、今年も野原を起して、畠をひろげてゐましたので、その朝も仕事に出ようとして農具をさがしますと、どこの家《うち》にも山刀《なた》も三本鍬《さんぼんぐは》も唐鍬《たうぐは》も一つもありませんでした。
 みんなは一生懸命そこらをさがしましたが、どうしても見附かりませんでした。それで仕方なく、めい/\すきな方へ向いて、いつしよにたかく叫びました。
「おらの道具知らないかあ。」
「知らないぞお。」と森は一ぺんにこたへました。
「さがしに行くぞお。」とみんなは叫びました。
「来お。」と森は一斉に答へました。
 みんなは、こんどはなんにももたないで、ぞろ/\森の方へ行きました。はじめはまづ一番近い狼森《オイノもり》に行きました。
 すると、すぐ狼が九《く》疋出て来て、みんなまじめな顔をして、手をせわしくふつて云ひました。
「無い、無い、決して無い、無い。外をさがして無かつたら、もう一ぺんおいで。」
 みんなは、尤《もつと》もだと思つて、それから西の方の笊森《ざるもり》に行きました。そしてだん/\森の奥へ入つて行きますと、一本の古い柏《かしは》の木の下に、木の枝であんだ大きな笊が伏せてありました。
「こいつはどうもあやしいぞ。笊森の笊はもつともだが、中には何があるかわからない。一つあけて見よう。」と云ひながらそれをあけて見ますと、中には無くなつた農具が九つとも、ちやんとはひつてゐました。
 それどころではなく、まんなかに
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