ながら、屈《かが》んで一本のすゝきを引き抜いて、その根から土を掌《てのひら》にふるひ落して、しばらく指でこねたり、ちよつと嘗《な》めてみたりしてから云ひました。
「うん。地味《ぢみ》もひどくよくはないが、またひどく悪くもないな。」
「さあ、それではいよいよこゝときめるか。」
 も一人が、なつかしさうにあたりを見まはしながら云ひました。
「よし、さう決めやう。」いままでだまつて立つてゐた、四人目の百姓が云ひました。
 四人はそこでよろこんで、せなかの荷物をどしんとおろして、それから来た方へ向いて、高く叫びました。
「おゝい、おゝい。こゝだぞ。早く来《こ》お。早く来お。」
 すると向ふのすゝきの中から、荷物をたくさんしよつて、顔をまつかにしておかみさんたちが三人出て来ました。見ると、五つ六《む》つより下の子供が九人、わいわい云ひながら走つてついて来るのでした。
 そこで四人《よつたり》の男たちは、てんでにすきな方へ向いて、声を揃《そろ》へて叫びました
「こゝへ畑起してもいゝかあ。」
「いゝぞお。」森が一斉にこたへました。
 みんなは又叫びました。
「こゝに家建てゝもいゝかあ。」
「ようし。」森は一ぺんにこたへました。
 みんなはまた声をそろへてたづねました。
「こゝで火たいてもいいかあ。」
「いゝぞお。」森は一ぺんにこたへました。
 みんなはまた叫びました。
「すこし木《きい》貰《もら》つてもいゝかあ。」
「ようし。」森は一斉にこたへました。
 男たちはよろこんで手をたゝき、さつきから顔色を変へて、しんとして居た女やこどもらは、にわかにはしやぎだして、子供らはうれしまぎれに喧嘩《けんくわ》をしたり、女たちはその子をぽかぽか撲《なぐ》つたりしました。
 その日、晩方までには、もう萱《かや》をかぶせた小さな丸太の小屋が出来てゐました。子供たちは、よろこんでそのまはりを飛んだりはねたりしました。次の日から、森はその人たちのきちがひのやうになつて、働らいてゐるのを見ました。男はみんな鍬《くは》をピカリピカリさせて、野原の草を起しました。女たちは、まだ栗鼠《りす》や野鼠《のねずみ》に持つて行かれない栗《くり》の実を集めたり、松を伐《き》つて薪《たきぎ》をつくつたりしました。そしてまもなく、いちめんの雪が来たのです。
 その人たちのために、森は冬のあいだ、一生懸命、北からの風を防い
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