ゐると考へて、憤《おこ》ってぷいっと横へ外《そ》れたりするのでした。
 実際感情を害することもあれば、用事がひどくこんがらかって、おしまひはいくら禿鷲《はげわし》コルドンさまのご裁判でも、解けないやうになるのだったと申します。」
「いかにも、さうだね、ずゐぶん不便だね。でそれからどうなったの。」
(あゝ、あの楢《なら》の木の葉が光ってゆれた。たゞ一枚だけどうしてゆれたらう。)私はまるで別のことを考へながら斯うふくろふに聴きました。ところが梟はよろこんでぼつぼつ話をつゞけました。
「そこでもうどの鳥も、なんとか工夫をしなくてはとてもいけない、こんな工合《ぐあひ》ぢゃ鳥の文明は大ていこゝらでとまってしまふと、口に出しては云ひませんでしたが、心の中では身にしみる位さう思ひつゞけてゐたのでございます。」
「うんさうだらう。さうなくちゃならないよ。僕らの方でもね、少し話はちがふけれども、語《ことば》について似たやうなことがあるよ。で、どうなったらう。」
「ところが早くも鳥類のこのもやうを見てとんびが染屋を出しました。」
 私はやっぱりとんびの染屋のことだったと思はず笑ってしまひました。それが少うし梟《ふくろふ》に意外なやうでしたから、急いでそのあとへつけたしました。
「とんびが染屋を出したかねえ。あいつはなるほど手が長くて染ものをつかんで壺《つぼ》に漬《つ》けるには持って来いだらう。」
「さうです。そしていったいとんびは大へん機敏なやつで勿論《もちろん》その染屋だって全くのそろばん勘定からはじめましたにちがひありません。いったい鳶《とんび》は手が長いので鳥を染壺《そめつぼ》に入れるには大へん都合がようございました。」
 あっ、私が染ものといったのは鳥のからだだった、あぶないことを云ったもんだ、よくそれで梟が怒り出さなかったと私はひやひやしました。ところが梟はずんずん話をつゞけました。それといふのもその晩は林の中に風がなくて淵《ふち》のやうにひそまり西のそらには古びた黄金《きん》の鎌《かま》がかかり楢《なら》の木や松の木やみなしんとして立ってゐてそれも睡《ねむ》ってゐないものはじっと話を聴いてるやう大へんに梟の機嫌《きげん》がよかったからです。
「いや、もう鳥どものよろこびやうと云ったらございません。殊にも雀《すずめ》ややまがらやみそさざい、めじろ、ほゝじろ、ひたき、うぐひすなんといふ、いつまでたっても誰《たれ》にも見まちがはれるてあひなどは、きゃっきゃっ叫んだり、手をつないだりしてはねまはり、さっそくとんびの染屋へ出掛けて行きました。」
 私も全くこいつは面白いと思ひました。
「いや、さうですか。なるほど。さうかねえ。鳥はみんな染めて貰《もら》ひに行ったかねえ。」
「えゝ、行きましたとも。鷲《わし》や駝鳥《だてう》など大きな方も、みんなのしのし出掛けました。
『わしはね、ごくあっさりとやって貰ひたいぢゃ。』とか、
『とにかくね、あんまり悪どい色でなく、まあせいぜい鼠《ねずみ》いろぐらゐで、ごく手ぎはよくやって呉《く》れ』とかいろいろ注文がちがって居ました。鳶ははじめは自分も油が乗ってましたから、頼まれたのはもう片っぱしから、どんどんどんどん染めました。
 川岸の赤土の崖《がけ》の下の粘土を、五とこ円くほりまして、その中に染料をとかし込み、たのまれた鳥をしっかりくはへて、大股《おほまた》に足をひらき、その中にとっぷりと漬けるのでした。どうもいちばん染めにくく、また見てゐてもつらさうなのは、頭と顔を染めることでした。頭はどうにか逆《さかさ》まにして染めるのでしたが、顔を染めるときはくちばしを水の中に入れるのでしたから、どの鳥もよっぽど苦しいやうでした。
 うっかり息を吸ひ込まうもんなら、胃から腸からすっかりまっ黒になったり、まっ赤になったりするのでしたから、それはそれは気をつけて、顔を入れる前には深呼吸のときのやうに、息をいっぱいに吸ひ込んで、染まったあとではもうとても胸いっぱいにたまった悪い瓦斯《ガス》をはき出すといふあんばいだったさうです。それでも小さい鳥は、肺もちひさく、永くこらへて居れませんでしたから、あわてて死にさうな声を出して顔をあげたもんだと申します。こんなのはもちろん顔が染まりません。たとへばめじろは眼のまはりが染まらず、頬《ほほ》じろは両方の頬が染まって居りません。」
 私はこゝらで一つ野次《やじ》ってやらうと思ひました。
「ほう、さうだらうか。さうだらうか。さうだらうかねえ。私はめじろや頬じろは、自分からたのんであの白いとこは染めなかったのだらうと思ふよ。」
 梟《ふくろふ》は少しあわてましたが、ちょっとうしろの林の奥の、くらいところをすかして見てから言ひました。
「いゝえ、そいつはお考へちがひです。たしかに肺の小さなた
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