珠を吐いた。そのなかで幾億の火を燃した。
(その珠は埋もれた諸經をたづねに海にはいるとき捧げるのである。)
 スールダッタはひざまづいてそれを受けて龍に云った。
(おお龍よ、それをどんなにわたしは久しくねがってゐたか、わたしは何と謝していいかを知らぬ。力ある龍よ。なに故窟を出でぬのであるか。)
(スールダッタよ。わたしは千年の昔はじめて風と雲とを得たとき己の力を試みるために人々の不幸を來したために龍王の(數字分空白)から十萬年この窟に封ぜられて陸と水との境を見張らせられたのだ。わたしは日々ここに居て罪を悔い王に謝する。)
(おお龍よ。わたしはわたしの母に侍し、母が首尾よく天に生れたならば、すぐ海に入って大經を探らうと思ふ。おまへはその日までこの窟に待つであらうか。)
(おお、人の千年は龍にはわづかに十日に過ぎぬ。)
(さらばその日まで龍よ珠を藏せ。わたしは來れる日ごとにここに來てそらを見、水を見、雲をながめ、新らしい世界の造營の方針をおまへと語り合はうと思ふ。)
(おお、老いたる龍の何たる悦びであらう。)
(さらばよ。)
(さらば。)
 スールダッタは心あかるく岩をふんで去った。
 龍のチャーナタは洞の奧の深い水にからだを潛めてしづかに懺悔の偈をとなへはじめた。



底本:「宮澤賢治全集第六卷」筑摩書房
   1956(昭和31)年12月20日発行
入力:tucca
校正:高柳典子
2004年2月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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