アルタを東の國に去らせた。)
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わたしはどういふわけか足がふるへて思ふやうに歩けなかった。そして昨夜一ばんそこらの草はらに座って悶えた。考へて見るとわたしは、ここにおまへの居るのを知らないで、この洞穴のま上の岬に毎日座り考へ歌ひつかれては眠った。そしてあのうたは、ある雲くらい風の日のひるまのまどろみのなかで聞いたやうな氣がする。そこで老いたる龍のチャーナタよ。わたくしはあしたから灰をかぶって街の廣場に座り、おまへとみんなにわびようと思ふ。あのうつくしい歌を歌った尊ぶべきわが師の龍よ。おまへはわたしを許すだらうか。)
(東へ去った詩人のアルタは、どういふ偈でおまへをほめたらう。)
(わたしはあまりのことに心が亂れて、あの氣高い韻を覺えなかった。けれども多分は、
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風がうたひ
雲が應じ
波が鳴らすそのうたを
ただちにうたふスールダッタ
星がさうならうと思ひ
陸地がさういふ形をとらうと覺悟する
あしたの世界に叶ふべき
まことと美との模型をつくり
やがては世界をこれにかなはしむる豫言者、
設計者スールダッタ
[#ここで字下げ終わり]
とかういふことであったと思ふ。)
(尊敬すべき詩人アルタに幸あれ、
スールダッタよ、あのうたこそはわたしのうたでひとしくおまへのうたである。いったいわたしはこの洞に居てうたったのであるか考へたのであるか。おまへはこの洞の上にゐてそれを聞いたのであるか考へたのであるか。おおスールダッタ。
そのときわたしは雲であり風であった。そしておまへも雲であり風であった。
詩人アルタがもしそのときに冥想すれば恐らく同じいうたをうたったであらう。けれどもスールダッタよ。
アルタの語とおまへの語はひとしくなく、おまへの語とわたしの語はひとしくない、韻も恐らくさうである。この故にこそあの歌こそはおまへのうたでまたわれわれの雲と風とを御する分のその精神のうたである。)
(おお龍よ。そんならわたしは許されたのか。)
(誰が許して誰が許されるのであらう。われらがひとしく風でまた雲で水であるといふのに。スールダッタよ。もしわたくしが外に出ることができ、おまへが恐れぬならばわたしはおまへを抱きまた撫したいのであるが、いまはそれができないので、わたしはわたしの小さな贈物をだけしよう。ここに手をのばせ。)龍は一つの小さな赤い
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