かでタイチを押すやうにして出て行かうとしました。タイチは髪をばちやばちやにして口をびくびくまげながら前からはひつぱられうしろからは押されてもう扉《とびら》の外へ出さうになりました。
 俄《にはか》に窓のとこに居た帆布の上着の青年がまるで天井にぶつつかる位のろしのやうに飛びあがりました。
 ズドン。ピストルが鳴りました。落ちたのはたゞの黄いろの上着だけでした。と思つたらあの赤ひげがもう足をすくつて倒され青年は肥《ふと》つた紳士を又車室の中に引つぱり込んで右手には赤ひげのピストルを握つて凄《すご》い顔をして立つてゐました。
 赤ひげがやつと立ちあがりましたら青年はしつかりそのえり首をつかみピストルを胸につきつけながら外の方へ向いて高く叫びました。
『おい、熊《くま》ども。きさまらのしたことは尤《もつと》もだ。けれどもなおれたちだつて仕方ない。生きてゐるにはきものも着なけあいけないんだ。おまへたちが魚をとるやうなもんだぜ。けれどもあんまり無法なことはこれから気を付けるやうに云ふから今度はゆるして呉《く》れ。ちよつと汽車が動いたらおれの捕虜にしたこの男は返すから』
『わかつたよ。すぐ動かすよ』外で熊どもが叫びました。
『レールを横の方へ敷いたんだな』誰かが云ひました。
 氷ががりがり鳴つたりばたばたかけまはる音がしたりして汽車は動き出しました。
『さあけがをしないやうに降りるんだ』船乗りが云ひました。赤ひげは笑つてちよつと船乗りの手を握つて飛び降りました。
『そら、ピストル』船乗りはピストルを窓の外へはふり出しました。
『あの赤ひげは熊《くま》の方の間諜《かんてふ》だつたね』誰《たれ》かが云ひました。わかものは又窓の氷を削りました。
 氷山の稜《かど》が桃色や青やぎらぎら光つて窓の外にぞろつとならんでゐたのです。これが風のとばしてよこしたお話のおしまひの一切れです。



底本:「新修宮沢賢治全集 第十三巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年3月15日初版第1刷発行
初出:「岩手毎日新聞」
   1923(大正12)年4月15日
※「ウヱスキー」と「ウヰスキー」、「眠る」と「睡る」の混在は底本通りにしました。
入力:マイマイマイ
校正:小林繁雄
2005年2月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング