ほのあかり秋のあぎとは、   ももどりのねぐらをめぐり、
官《つかさ》の手からくのがれし、    社司の子のありかを知らず。

社殿にはゆふべののりと、   ほのかなる泉の声や、
そのはははことなきさまに、  しらたまのもちひをなせる。



  〔毘沙門の堂は古びて〕

毘沙門の堂は古びて、    梨白く花咲きちれば、
胸疾みてつかさをやめし、  堂守の眼やさしき。

中ぞらにうかべる雲の、   蓋やまた椀《まり》のさまなる、
川水はすべりてくらく、   草火のみほのに燃えたれ。



  雪の宿

ぬさをかざして山つ祇、   舞ふはぶらいの町の書記、
うなじはかなく瓶《へい》とるは、  峡には一のうためなり。

をさけびたけり足ぶみて、  をどりめぐれるすがたゆゑ、
老いし博士《はくし》や郡長《こほりおさ》、     やゝ凄涼のおもひなり。

月や出でにし雪青み、    をちこち犬の吠ゆるころ、
舞ひを納めてひれふしつ、  罪乞ふさまにみじろがず。

あなや否とよ立てきみと、  博士が云へばたちまちに、
けりはねあがり山つ祇、   をみなをとりて消えうせぬ。



  [川しろじろとまじはりて]

川しろじろとまじはりて、   うたかたしげきこのほとり、
病きつかれわが行けば、    そらのひかりぞ身を責むる。

宿世のくるみはんの毬、    干割れて青き泥岩に、
はかなきかなやわが影の、   卑しき鬼をうつすなり。

蒼茫として夏の風、      草のみどりをひるがへし、
ちらばる蘆のひら吹きて、   あやしき文字を織りなしぬ。

生きんに生きず死になんに、  得こそ死なれぬわが影を、
うら濁る水はてしなく、    さゝやきしげく洗ふなり。



  風桜

風にとぎるゝ雨脚や、     みだらにかける雲のにぶ。

まくろき枝もうねりつゝ、   さくらの花のすさまじき。

あたふた黄ばみ雨を縫ふ、   もずのかしらのまどけきを。

いよよにどよみなみだちて、  ひかり青らむ花の梢《うれ》。



  萎花

酒精のかをり硝銀の、       肌膚灼くにほひしかもあれ、
大展覧の花むらは、        夏夜あざらに息づきぬ。

そは牛飼ひの商ひの、       はた鉄うてるもろ人の、
さこそつちかひはぐくみし、    四百の花のラムプなり。

声さやかなるをとめらは、     おのおのよきに票を投げ、
高木検事もホップ噛む、      にがきわらひを頬になしき。

卓をめぐりて会長が、       メダルを懸くる午前二時、
カクタス、ショウをおしなべて、  花はうつゝもあらざりき。



  〔秘事念仏の大師匠〕〔一〕

秘事念仏の大師匠、    元真斎は妻子して、
北上岸にいそしみつ、   いまぞ昼餉をしたゝむる。

卓のさまして緑なる、   小松と紅き萱の芽と、
雪げの水にさからひて、  まこと睡たき南かぜ。

むしろ帆張りて酒船の、  ふとあらはるゝまみまぢか、
をのこは三たり舷に、   こちを見おろし見すくむる。

元真斎はやるせなみ、   眼をそらす川のはて、
塩の高菜をひた噛めば、  妻子もこれにならふなり。



  麻打

楊葉の銀とみどりと、   はるけきは青らむけぶり。

よるべなき水素の川に、  ほとほとと麻苧うつ妻。



  驟雨

驟雨そゝげば新墾《にひはり》の、    まづ立ちこむるつちけむり。

湯気のぬるきに人たちて、  故なく憤る身は暗し。

すでに野ばらの根を浄み、  蟻はその巣をめぐるころ。

杉には水の幡かゝり、    しぶきほのかに拡ごりぬ。



  〔血のいろにゆがめる月は〕

血のいろにゆがめる月は、  今宵また桜をのぼり、
患者たち廊のはづれに、   凶事の兆を云へり。

木がくれのあやなき闇を、  声細くいゆきかへりて、
熱植ゑし黒き綿羊、     その姿いともあやしき。

月しろは鉛糖のごと、    柱列の廊をわたれば、
コカインの白きかをりを、  いそがしくよぎる医師あり。

しかもあれ春のをとめら、  なべて且つ耐へほゝゑみて、
水銀の目盛を数へ、     玲瓏の氷を割きぬ。



  車中〔一〕

夕陽の青き棒のなかにて、  開化郷士と見ゆるもの、
葉巻のけむり蒼茫と、    森槐南を論じたり。

開化郷士と見ゆるもの、   いと清純とよみしける、
寒天光のうら青に、     おもてをかくしひとはねむれり。



  村道

朝日かゞやく水仙を、     になひてくるは詮之助、
あたまひかりて過ぎ行くは、  枝を杖つく村老ヤコブ。

影と並木のだんだらを、    犬レオナルド足織れば、
売り酒のみて熊之進、     赤眼に店をばあくるなり。



  〔さき立つ名誉村長は〕

さき立つ名誉村長は、   寒煙毒をふくめるを、
豪気によりて受けつけず。

次なる沙弥は顱を円き、  猫毛の帽に護りつゝ、
その身は信にゆだねたり。

三なる技師は徳薄く、   すでに過冷のシロッコに、
なかば気管をやぶりたれ。

最後に女訓導は、     ショールを面に被ふれば、
アラーの守りあるごとし。



  〔僧の妻面膨れたる〕

僧の妻面膨れたる、      飯盛りし仏器さゝげくる。

(雪やみて朝日は青く、    かうかうと僧は看経。)

寄進札そゞろに誦みて、    僧の妻庫裡にしりぞく。

(いまはとて異の銅鼓うち、  晨光はみどりとかはる。)



  〔玉蜀黍を播きやめ環にならべ〕

「玉蜀黍を播きやめ環にならべ、  開所の祭近ければ、
さんさ踊りをさらひせん。」    技手農婦らに令しけり。

野は野のかぎりめくるめく、    青きかすみのなかにして、
まひるをひとらうちをどる、    袖をかざしてうちをどる。

さあれひんがし一つらの、     うこんざくらをせなにして、
所長中佐は胸たかく、       野面はるかにのぞみゐる。

「いそぎひれふせ、ひざまづけ、  みじろがざれ。」と技手云へば、
種子やまくらんいこふらん、    ひとらかすみにうごくともなし。



  〔うからもて台地の雪に〕

うからもて台地の雪に、  部落《シユク》なせるその杜黝し。

曙人《とほつおや》、馮《の》りくる児らを、  穹窿ぞ光りて覆ふ。



  〔残丘《モナドノツク》の雪の上に〕

残丘《モナドノツク》の雪の上に、        二すぢうかぶ雲ありて、
誰かは知らねサラアなる、    女《ひと》のおもひをうつしたる。

信をだになほ装へる、      よりよき生へのこのねがひを、
なにとてきみはさとり得ぬと、  しばしうらみて消えにけり。



  民間薬

たけしき耕の具を帯びて、  羆熊の皮は着たれども、
夜に日をつげる一月の、   干泥のわざに身をわびて、
しばしましろの露置ける、  すぎなの畔にまどろめば、
はじめは額の雲ぬるみ、   鳴きかひめぐるむらひばり、
やがては古き巨人の、    石の匙もて出できたり、
ネプウメリてふ草の葉を、  薬に食めとをしへけり。



  〔吹雪かゞやくなかにして〕

吹雪かゞやくなかにして、  まことに犬の吠え集りし。

燃ゆる吹雪のさなかとて、  妖《あや》しき※[#「蚌」の「虫」に代えて「目」、54−3]をなせるものかな。



底本:「新修宮沢賢治全集第六巻」筑摩書房
   1980(昭和55)年2月15日初版第1刷発行
※底本は、1作品が1ページにおさまるように行間を調整している。ただし、このファイルでは、作品の末尾にそのつど改ページの注記を書き込むことはせず、頁の変わり目ごとに3行をあけた。
※底本は、「作者専用の詩稿に書かれた詩篇を収録し」、多くの詩篇で、詩稿の形式に合わせて上下に二句を配置し、字間スペースなどを調整して下の句の頭が横にそろうように組んである。この形を取っている詩篇に関しては、本ファイルでも、句間を最低全角2字空けとし、下の句の頭を横にそろえた。
入力:junk
校正:林 幸雄
2002年5月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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