をなせるなり。
〔翁面 おもてとなして世経るなど〕
翁面、 おもてとなして世経るなど、 ひとをあざみしそのひまに、
やみほゝけたれつかれたれ、 われは三十ぢをなかばにて、
緊那羅面とはなりにけらしな。
氷上
月のたはむれ薫《く》ゆるころ、 氷は冴えてをちこちに、 さゞめきしげくなりにけり。
をさけび走る町のこら、 高張白くつらねたる、 明治女塾の舎生たち。
さてはにはかに現はれて、 ひたすらうしろすべりする、 黒き毛剃の庶務課長。
死火山の列雪青く、 よき貴人の死蝋とも、 星の蜘蛛来て網はけり。
〔うたがふをやめよ〕
うたがふをやめよ、 林は寒くして、
いささかの雪凍りしき、 根まがり杉ものびてゆるゝを。
胸張りて立てよ、 林の雪のうへ、
青き杉葉の落ちちりて、 空にはあまた烏なけるを。
そらふかく息せよ、 杉のうれたかみ、
烏いくむれあらそへば、 氷霧ぞさつとひかり落つるを。
電気工夫
(直き時計はさま頑《かた》く、 憎《ぞう》に鍛へし瞳《め》は強し)
さはあれ攀ぢる電塔の、 四方に辛夷の花深き。
南風《かけつ》光の網織れば、 ごろろと鳴らす碍子群、
艸火のなかにまじらひて、 蹄のたぐひけぶるらし。
〔すゝきすがるゝ丘なみを〕
すゝきすがるゝ丘なみを、 にはかにわたる南かぜ、
窪てふ窪はたちまちに、 つめたき渦を噴きあげて、
古きミネルヴァ神殿の、 廃址のさまをなしたれば、
ゲートルきりと頬かむりの、 闘士嘉吉もしばらくは、
萱のつぼけを負ひやめて、 面あやしく立ちにけり。
〔乾かぬ赤きチョークもて〕
乾かぬ赤きチョークもて、 文を抹して教頭は、
いらかを覆ふ黒雲を、 めがねうつろに息づきぬ。
さびしきすさびするゆゑに、 ぬかほの青き善吉ら、
そらの輻射の六月を、 声なく惨と仰ぎたれ。
〔腐植土のぬかるみよりの照り返し〕
腐植土のぬかるみよりの照り返し、 材木の上のちひさき露店。
腐植土のぬかるみよりの照り返しに、 二銭の鏡あまたならべぬ。
腐植土のぬかるみよりの照り返しに、 すがめの子一人りんと立ちたり。
よく掃除せしラムプをもちて腐植土の、 ぬかるみを駅夫大股
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