波をながしくる、   かの峡川と北上は、
かたみに時を異にして、   ともに一度老いしなれ。

砂壌かなたに受くるもの、  多くは酸えず燐多く
洪積台の埴土壌土《はにひぢ》と、    植物群《フロラ》おのづとわかたれぬ。



 山躑躅


こはやまつつじ丘丘の、  栗また楢にまじはりて、  熱き日ざしに咲きほこる。

なんたる冴えぬなが紅ぞ、  朱もひなびては酸えはてし、  紅土《ラテライト》にもまぎるなり。

いざうちわたす銀の風、  無色の風とまぐはへよ、  世紀の末の児らのため。

さは云へまことやまつつじ、  日影くもりて丘ぬるみ、  ねむたきひるはかくてやすけき。



  〔ひかりものすとうなゐごが〕


ひかりものすとうなゐごが、  ひそにすがりてゆびさせる、
そは高甲の水車場の、     こなにまぶれしそのあるじ、
にはかに咳し身を折りて、   水こぼこぼとながれたる、
よるの胡桃の樹をはなれ、   肩つゝましくすぼめつゝ、
古りたる沼をさながらの、   西の微光にあゆみ去るなり。



  国土


青き草山雑木山、      はた松森と岩の鐘、
ありともわかぬ襞ごとに、  白雲よどみかゞやきぬ。

一石一字をろがみて、    そのかみひそにうづめけん、
寿量の品は神さびて、    みねにそのをに鎮まりぬ。



  〔塀のかなたに嘉莵治かも〕


塀のかなたに嘉莵治かも、     ピアノぽろろと弾きたれば、
一、あかきひのきのさなかより、  春のはむしらをどりいづ。
二、あかつちいけにかゞまりて、  烏にごりの水のめり。

あはれつたなきソプラノは、    ゆふべの雲にうちふるひ、
灰まきびとはひらめきて、     桐のはたけを出できたる。



  四時


時しも岩手軽鉄の、  待合室の古時計、
つまづきながら四時うてば、  助役たばこを吸ひやめぬ。

時しも赭きひのきより、  農学生ら奔せいでて、
雪の紳士のはなづらに、  雪のつぶてをなげにけり。

時しも土手のかなたなる、  郡役所には議員たち、
視察の件を可決して、  はたはたと手をうちにけり。

時しも老いし小使は、  豚にゑさかふバケツして、
農学校の窓下を、  足なづみつゝ過ぎしなれ。



  羅紗売


バビロニ柳掃ひしと、     あゆみをとめし羅紗売りは、
つるべをとり
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