すさびに紅き萱穂を   つみつどへ野をよぎるなれ



  岩手公園


「かなた」と老いしタピングは、  杖をはるかにゆびさせど、
東はるかに散乱の、        さびしき銀は声もなし。

なみなす丘はぼうぼうと、     青きりんごの色に暮れ、
大学生のタピングは、       口笛軽く吹きにけり。

老いたるミセスタッピング、    「去年《こぞ》なが姉はこゝにして、
中学生の一組に、         花のことばを教へしか。」

弧光燈《アークライト》にめくるめき、       羽虫の群のあつまりつ、
川と銀行木のみどり、       まちはしづかにたそがるゝ。



  選挙


(もつて二十を贏《か》ち得んや)   はじめの駑馬《うま》をやらふもの
(さらに五票もかたからず)   雪うち噛める次の騎者
(いかにやさらば太兵衛|一族《まき》)  その馬弱くまだらなる
(いなうべがはじうべがはじ)  懼るゝ声はそらにあり



  崖下の床屋


あかりを外《そ》れし古かゞみ、  客あるさまにみまもりて、
唖の子鳴らす空《から》鋏。

かゞみは映す崖のはな、  ちさき祠に蔓垂れて、
三日月凍る銀|斜子《ななこ》。

沍《いて》たつ泥をほとほとと、  かまちにけりて支店長、
玻璃戸の冬を入り来る。

のれんをあげて理髪技士、  白き衣をつくろひつ、
弟子の鋏をとりあぐる。



  祭日〔一〕


谷権現の祭りとて、     麓に白き幟たち、
むらがり続く丘丘に、    鼓《こ》の音《ね》の数のしどろなる。

頴花《はな》青じろき稲むしろ、   水路のへりにたゝずみて、
朝の曇りのこんにやくを、  さくさくさくと切りにけり。



  保線工手


狸《マミ》の毛皮を耳にはめ、    シャブロの束に指組みて、
うつろふ窓の雪のさま、   黄なるまなこに泛べたり。

雪をおとして立つ鳥に、   妻がけはひのしるければ、
仄かに笑まふたまゆらを、  松は畳めり風のそら。



  〔南風の頬に酸くして〕


南風の頬に酸くして、  シェバリエー青し光芒。

天翔る雲のエレキを、  とりも来て蘇しなんや、いざ。



  種山ヶ原


春はまだきの朱《あけ》雲を
アルペン農の汗に燃し
繩と菩提樹皮《マダカ》にうちよそひ
風とひかりにちかひせり

繞る八谷に劈櫪の

前へ 次へ
全17ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング