師が、 三秒ひらく大レンズ、
千の瞳のおのおのに、 朝の虹こそ宿りけれ。
塔中秘事
雪ふかきまぐさのはたけ、 玉蜀黍《きみ》畑|漂雪《フキ》は奔りて、
丘裾の脱穀塔を、 ぼうぼうとひらめき被ふ。
歓喜天そらやよぎりし、 そが青き天《あめ》の窓より、
なにごとか女のわらひ、 栗鼠のごと軋りふるへる。
〔われのみみちにたゞしきと〕
われのみみちにたゞしきと、 ちちのいかりをあざわらひ、
ははのなげきをさげすみて、 さこそは得つるやまひゆゑ、
こゑはむなしく息あへぎ、 春は来れども日に三たび、
あせうちながしのたうてば、 すがたばかりは録されし、
下品ざんげのさまなせり。
朝
旱割れそめにし稲沼に、 いまころころと水鳴りて、
待宵草に置く露も、 睡たき風に萎むなり。
鬼げし風の襖子《あをし》着て、 児ら高らかに歌すれば、
遠き讒誣の傷あとも、 緑青いろにひかるなり。
〔猥れて嘲笑《あざ》めるはた寒き〕
猥れて嘲笑《あざ》めるはた寒き、 凶つのまみをはらはんと
かへさまた経るしろあとの、 天は遷ろふ火の鱗。
つめたき西の風きたり、 あららにひとの秘呪とりて、
粟の垂穂をうちみだし、 すすきを紅く燿《かが》やかす。
岩頸列
西は箱ヶと毒《ドグ》ヶ森、 椀コ、南昌、東根の、
古き岩頸《ネツク》の一列に、 氷霧あえかのまひるかな。
からくみやこにたどりける、 芝雀は旅をものがたり、
「その小屋掛けのうしろには、 寒げなる山によきによきと、
立ちし」とばかり口つぐみ、 とみにわらひにまぎらして、
渋茶をしげにのみしてふ、 そのことまことうべなれや。
山よほのぼのひらめきて、 わびしき雲をふりはらへ、
その雪尾根をかゞやかし、 野面のうれひを燃し了《おほ》せ。
病技師〔一〕
こよひの闇はあたたかし、 風のなかにてなかんなど、
ステッキひけりにせものの、 黒のステッキまたひけり。
蝕む胸をまぎらひて、 こぼと鳴り行く水のはた、
くらき炭素の燈《ひ》に照りて、 飢饉《けかつ》供養の巨石《おほいし》並《な》めり。
酸虹
鵞黄の柳いくそたび、
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