「もう少し行ぐづどみんなして草刈ってるぞ。それから馬のいるどごもあるぞ。」一郎は言いながら先に立って刈った草のなかの一ぽんみちをぐんぐん歩きました。
 三郎はその次に立って、
「ここには熊《くま》いないから馬をはなしておいてもいいなあ。」と言って歩きました。
 しばらく行くとみちばたの大きな楢《なら》の木の下に、繩で編んだ袋が投げ出してあって、たくさんの草たばがあっちにもこっちにもころがっていました。
 せなかに草束をしょった二匹の馬が、一郎を見て鼻をぷるぷる鳴らしました。
「兄《あい》な、いるが。兄《あい》な、来たぞ。」一郎は汗をぬぐいながら叫びました。
「おおい。ああい。そこにいろ。今行ぐぞ。」ずうっと向こうのくぼみで、一郎のにいさんの声がしました。
 日はぱっと明るくなり、にいさんがそっちの草の中から笑って出て来ました。
「善《ゆ》ぐ来たな。みんなも連れで来たのが。善《ゆ》ぐ来た。戻りに馬こ連れでてけろな。きょうあ午《ひる》まがらきっと曇る。おらもう少し草集めて仕舞《しむ》がらな、うなだ遊ばばあの土手の中さはいってろ。まだ牧馬の馬二十匹ばかりはいるがらな。」
 にいさんは向こうへ行こうとして、振り向いてまた言いました。
「土手がら外さ出はるなよ。迷ってしまうづどあぶないがらな。午《ひる》まになったらまた来るがら。」
「うん。土手の中にいるがら。」
 そして一郎のにいさんは行ってしまいました。
 空にはうすい雲がすっかりかかり、太陽は白い鏡のようになって、雲と反対に馳《は》せました。風が出て来てまだ刈っていない草は一面に波を立てます。一郎はさきにたって小さなみちをまっすぐに行くと、まもなくどてになりました。その土手の一とこちぎれたところに二本の丸太の棒を横にわたしてありました。悦治がそれをくぐろうとしますと、嘉助が、
「おらこったなものはずせだぞ。」と言いながら片っぽうのはじをぬいて下におろしましたのでみんなはそれをはね越えて中にはいりました。
 向こうの少し小高いところにてかてか光る茶いろの馬が七匹ばかり集まって、しっぽをゆるやかにばしゃばしゃふっているのです。
「この馬みんな千円以上するづもな。来年がらみんな競馬さも出はるのだづぢゃい。」一郎はそばへ行きながら言いました。
 馬はみんないままでさびしくってしようなかったというように一郎たちのほうへ寄ってきました。そして鼻づらをずうっとのばして何かほしそうにするのです。
「ははあ、塩をけろづのだな。」みんなは言いながら手を出して馬になめさせたりしましたが、三郎だけは馬になれていないらしく気味わるそうに手をポケットへ入れてしまいました。
「わあ、又三郎馬おっかながるぢゃい。」と悦治が言いました。すると三郎は、
「こわくなんかないやい。」と言いながらすぐポケットの手を馬の鼻づらへのばしましたが、馬が首をのばして舌をべろりと出すと、さっと顔いろを変えてすばやくまた手をポケットへ入れてしまいました。
「わあい、又三郎馬おっかながるぢゃい。」悦治がまた言いました。すると三郎はすっかり顔を赤くしてしばらくもじもじしていましたが、
「そんなら、みんなで競馬やるか。」と言いました。
 競馬ってどうするのかとみんな思いました。
 すると三郎は、
「ぼく競馬何べんも見たぞ。けれどもこの馬みんな鞍《くら》がないから乗れないや。みんなで一匹ずつ馬を追って、はじめに向こうの、そら、あの大きな木のところに着いたものを一等にしよう。」
「そいづおもしろいな。」嘉助が言いました。
「しからえるぞ。牧夫に見つけらえでがら。」
「大丈夫だよ。競馬に出る馬なんか練習をしていないといけないんだい。」三郎が言いました。
「よしおらこの馬だぞ。」
「おらこの馬だ。」
「そんならぼくはこの馬でもいいや。」みんなは楊《やなぎ》の枝や萱《かや》の穂でしゅうと言いながら馬を軽く打ちました。
 ところが馬はちっともびくともしませんでした。やはり下へ首をたれて草をかいだり、首をのばしてそこらのけしきをもっとよく見るというようにしているのです。
 一郎がそこで両手をぴしゃんと打ち合わせて、だあ、と言いました。
 するとにわかに七匹ともまるでたてがみをそろえてかけ出したのです。
「うまあい。」嘉助ははね上がって走りました。けれどもそれはどうも競馬にはならないのでした。
 第一、馬はどこまでも顔をならべて走るのでしたし、それにそんなに競馬するくらい早く走るのでもなかったのです。それでもみんなはおもしろがって、だあだと言いながら一生けん命そのあとを追いました。
 馬はすこし行くと立ちどまりそうになりました。みんなもすこしはあはあしましたが、こらえてまた馬を追いました。するといつか馬はぐるっとさっきの小高いところをまわって、さっき五人
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