んなの家がずうっと下に見え、一郎のうちの木小屋の屋根が白く光っています。
 道が林の中に入り、しばらく道はじめじめして、あたりは見えなくなりました。そしてまもなくみんなは約束のわき水の近くに来ました。するとそこから、
「おうい。みんな来たかい。」と三郎の高く叫ぶ声がしました。
 みんなはまるでせかせかと走ってのぼりました。向こうの曲がり角《かど》の所に三郎が小さなくちびるをきっと結んだまま、三人のかけ上って来るのを見ていました。
 三人はやっと三郎の前まで来ました。けれどもあんまり息がはあはあしてすぐには何も言えませんでした。嘉助などはあんまりもどかしいもんですから、空へ向いて「ホッホウ。」と叫んで早く息を吐いてしまおうとしました。すると三郎は大きな声で笑いました。
「ずいぶん待ったぞ。それにきょうは雨が降るかもしれないそうだよ。」
「そだら早ぐ行ぐべすさ。おらまんつ水飲んでぐ。」三人は汗をふいてしゃがんで、まっ白な岩からごぼごぼ噴《ふ》きだす冷たい水を何べんもすくってのみました。
「ぼくのうちはここからすぐなんだ。ちょうどあの谷の上あたりなんだ。みんなで帰りに寄ろうねえ。」
「うん。まんつ野原さ行ぐべすさ。」
 みんながまたあるきはじめたときわき水は何かを知らせるようにぐうっと鳴り、そこらの木もなんだかざあっと鳴ったようでした。
 五人は林のすその藪《やぶ》の間を行ったり岩かけの小さくくずれる所を何べんも通ったりして、もう上の野原の入り口に近くなりました。
 みんなはそこまで来ると来たほうからまた西のほうをながめました。
 光ったりかげったり幾通りにも重なったたくさんの丘の向こうに、川に沿ったほんとうの野原がぼんやり碧《あお》くひろがっているのでした。
「ありゃ、あいづ川だぞ。」
「春日明神《かすがみょうじん》さんの帯のようだな。」三郎が言いました。
「何のようだど。」一郎がききました。
「春日明神さんの帯のようだ。」
「うな神さんの帯見だごとあるが。」
「ぼく北海道で見たよ。」
 みんなはなんのことだかわからずだまってしまいました。
 ほんとうにそこはもう上の野原の入り口で、きれいに刈られた草の中に一本の大きな栗《くり》の木が立って、その幹は根もとの所がまっ黒に焦げて大きな洞《ほら》のようになり、その枝には古い繩《なわ》や、切れたわらじなどがつるしてありました。
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