頭をついて机から落ちました。それが大分ひどい音でしたから、事務長の黒猫もびつくりして立ちあがつて、うしろの棚から、気付けのアンモニア水の瓶《びん》を取りました。ところが三毛猫はすぐ起き上つて、かんしやくまぎれにいきなり、
「かま[#「かま」に傍点]猫、きさまはよくも僕を押しのめしたな。」とどなりました。
 今度はしかし、事務長がすぐ三毛猫をなだめました。
「いや、三毛君。それは君のまちがひだよ。
 かま[#「かま」に傍点]猫君は好意でちよつと立つただけだ、君にさはりも何もしない。しかしまあ、こんな小さなことは、なんでもありやしないぢやないか。さあ、えゝとサントンタンの転居届けと。えゝ。」事務長はさつさと仕事にかかりました。そこで三毛猫も、仕方なく、仕事にかかりはじめましたがやつぱりたびたびこはい目をしてかま[#「かま」に傍点]猫を見てゐました。
 こんな工合《ぐあひ》ですからかま[#「かま」に傍点]猫はじつにつらいのでした。
 かま[#「かま」に傍点]猫はあたりまへの猫にならうと何べん窓の外にねて見ましたが、どうしても夜中に寒くてくしやみが出てたまらないので、やつぱり仕方なく竈《かまど》のなかに入るのでした。
 なぜそんなに寒くなるかといふのに皮がうすいためで、なぜ皮が薄いかといふのに、それは土用に生れたからです。やつぱり僕が悪いんだ、仕方ないなあと、かま[#「かま」に傍点]猫は考へて、なみだをまん円な眼一杯にためました。
 けれども事務長さんがあんなに親切にして下さる、それにかま[#「かま」に傍点]猫仲間のみんながあんなに僕の事務所に居るのを名誉に思つてよろこぶのだ、どんなにつらくてもぼくはやめないぞ、きつとこらへるぞと、かま[#「かま」に傍点]猫は泣きながら、にぎりこぶしを握りました。
 ところがその事務長も、あてにならなくなりました。それは猫なんていふものは、賢いやうでばかなものです。ある時、かま[#「かま」に傍点]猫は運わるく風邪《かぜ》を引いて、足のつけねを椀《わん》のやうに腫《は》らし、どうしても歩けませんでしたから、たうとう一日やすんでしまひました。かま[#「かま」に傍点]猫のもがきやうといつたらありません。泣いて泣いて泣きました。納屋の小さな窓から射《さ》し込んで来る黄いろな光をながめながら、一日一杯眼をこすつて泣いてゐました。
 その間に事務所では
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