。そんなに人が悪くない。わきに居るのは幽霊でない。みんな立派な娘さんだよ。娘さんたちはみんな緑色のマントを着てるよ。」
「緑色のマントは着てゐるさ。しかしあんなマントの着様が一体あるもんかな。足から頭の方へ逆《さかさま》に着てゐるんだ。それにマントを六枚も重ねて着るなんて、聞いた事も見た事もない贅沢《ぜいたく》だ。おごりの頂上だ。」
「ははあ、しかし世の中はさまざまだぜ。たとへば兎《うさぎ》なんと云ふものは耳が天までとゞいてゐる。そのさきは細くなって見えないくらゐだ。豚なんといふものは鼻がらっぱになってゐる。口の中にはとんぼのやうなすきとほった羽が十枚あるよ。また人といふものを知ってゐるかね。人といふものは頭の上の方に十六本の手がついてゐる。そんなこともあるんだ。それにたうもろこしの娘さんたちの長いつやつやした髪の毛は評判なもんだ。」
「よして呉《く》れよ。七十枚の白い歯からつやつやした長い髪の毛がすぐ生えてゐるなんて考へても胸が悪くなる。」
「そんなことはない。まあもっとそばまで行って見よう。おや。誰《たれ》か行ったぞ。おいおい。あれがたったいま云ったひとだ。ひとだ。あいつはほんたうにこはいもんだ。何をするかこゝへかくれて見てゐよう。そら、ちょっと遠めがねを貸すから。」
「あゝ、よく見える。何だ手が十六本あるって。おれには五本ばかりしか見えないよ。あっ。あの幽霊をつかまへてるよ。」
「どれ貸してごらん、ああ、とってるとってる。みんながりがりとってるねえ。たうもろこしは恐《こは》がってみんな葉をざあざあうごかしてゐるよ。娘さんたちは髪の毛をふって泣いてゐる。ぼくならちゃんと十六本の手が見えるねえ。」
「どら、貸した。なるほど十六本かねえ、四本は大へん小さいなあ。あゝあとからまた一人来た。あれは女の子だらうねえ。」
「どう、ちょっと、さうだよ。あれは女の子だよ。ほういまねえあの女の子がたうもろこしの娘さんの髪毛をむしってねえ、口へ入れてそらへ吹いたよ。するとそれがぱっと青白い火になって燃えあがったよ。」
「こっちへ来るとこはいなあ、」
「来ないよ。あゝ、もう行ってしまったよ。何か叫んでゐるやうだねえ。」
「歌ってるんだ。けれどもぼくたちよりはへただねえ。」
「へただ、ぼく少しうたってきかしてやらうかな。ぼくうたったらきっとびっくりしてこっちを向くねえ。」
「うたってご
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