し全く土の中からばかり出て行くもんだ、それにもやっぱり赤や黄いろやいろいろある、わからんねえ。」
「狐さんにでも聞いて見ましたらいかゞでございませう。」
 樺の木はうっとり昨夜《ゆふべ》の星のはなしをおもってゐましたのでつい斯《か》う云ってしまひました。
 この語《ことば》を聞いて土神は俄《には》かに顔いろを変へました。そしてこぶしを握りました。
「何だ。狐? 狐が何を云ひ居《を》った。」
 樺の木はおろおろ声になりました。
「何も仰《お》っしゃったんではございませんがちょっとしたらご存知かと思ひましたので。」
「狐なんぞに神が物を教はるとは一体何たることだ。えい。」
 樺の木はもうすっかり恐《こは》くなってぷりぷりぷりぷりゆれました。土神は歯をきしきし噛《か》みながら高く腕を組んでそこらをあるきまはりました。その影はまっ黒に草に落ち草も恐れて顫《ふる》へたのです。
「狐《きつね》の如《ごと》きは実に世の害悪だ。たゞ一言もまことはなく卑怯《ひけふ》で臆病《おくびゃう》でそれに非常に妬《ねた》み深いのだ。うぬ、畜生の分際として。」
 樺《かば》の木はやっと気をとり直して云ひました。
「もうあなたの方のお祭も近づきましたね。」
 土神は少し顔色を和げました。
「さうぢゃ。今日は五月三日、あと六日だ。」
 土神はしばらく考へてゐましたが俄《には》かに又声を暴《あら》らげました。
「しかしながら人間どもは不届だ。近頃《ちかごろ》はわしの祭にも供物一つ持って来ん、おのれ、今度わしの領分に最初に足を入れたものはきっと泥の底に引き擦り込んでやらう。」土神はまたきりきり歯噛《はが》みしました。
 樺の木は折角なだめようと思って云ったことが又もや却《かへ》ってこんなことになったのでもうどうしたらいゝかわからなくなりたゞちらちらとその葉を風にゆすってゐました。土神は日光を受けてまるで燃えるやうになりながら高く腕を組みキリキリ歯噛みをしてその辺をうろうろしてゐましたが考へれば考へるほど何もかもしゃくにさはって来るらしいのでした。そしてたうとうこらへ切れなくなって、吠《ほ》えるやうにうなって荒々しく自分の谷地《やち》に帰って行ったのでした。

     (三)[#「(三)」は縦中横]

 土神の棲《す》んでゐる所は小さな競馬場ぐらゐある、冷たい湿地で苔《こけ》やからくさやみじかい蘆《あし》
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