ものは黒い土から出るのだがなぜこう青いもんだろう。黄や白の花さえ咲くんだ。どうもわからんねえ。」
「それは草の種子が青や白をもっているためではないでございましょうか。」
「そうだ。まあそう云えばそうだがそれでもやっぱりわからんな。たとえば秋のきのこのようなものは種子もなし全く土の中からばかり出て行くもんだ、それにもやっぱり赤や黄いろやいろいろある、わからんねえ。」
「狐さんにでも聞いて見ましたらいかがでございましょう。」
樺の木はうっとり昨夜《ゆうべ》の星のはなしをおもっていましたのでつい斯《こ》う云ってしまいました。
この語《ことば》を聞いて土神は俄《にわ》かに顔いろを変えました。そしてこぶしを握《にぎ》りました。
「何だ。狐? 狐が何を云い居《お》った。」
樺の木はおろおろ声になりました。
「何も仰《お》っしゃったんではございませんがちょっとしたらご存知かと思いましたので。」
「狐なんぞに神が物を教わるとは一体何たることだ。えい。」
樺の木はもうすっかり恐《こわ》くなってぷりぷりぷりぷりゆれました。土神は歯をきしきし噛《か》みながら高く腕を組んでそこらをあるきまわりました。その影はまっ黒に草に落ち草も恐《おそ》れて顫《ふる》えたのです。
「狐の如《ごと》きは実に世の害悪だ。ただ一言もまことはなく卑怯《ひきょう》で臆病《おくびょう》でそれに非常に妬《ねた》み深いのだ。うぬ、畜生《ちくしょう》の分際《ぶんざい》として。」
樺の木はやっと気をとり直して云いました。
「もうあなたの方のお祭も近づきましたね。」
土神は少し顔色を和《やわら》げました。
「そうじゃ。今日は五月三日、あと六日だ。」
土神はしばらく考えていましたが俄かに又声を暴《あら》らげました。
「しかしながら人間どもは不届《ふとどき》だ。近頃《ちかごろ》はわしの祭にも供物《くもつ》一つ持って来ん、おのれ、今度わしの領分に最初に足を入れたものはきっと泥《どろ》の底に引き擦《ず》り込《こ》んでやろう。」土神はまたきりきり歯噛みしました。
樺の木は折角《せっかく》なだめようと思って云ったことが又もや却《かえ》ってこんなことになったのでもうどうしたらいいかわからなくなりただちらちらとその葉を風にゆすっていました。土神は日光を受けてまるで燃えるようになりながら高く腕を組みキリキリ歯噛みをしてその辺をう
前へ
次へ
全11ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング