。」
「ええ。」樺の木はそっと返事をしました。
「蝎《さそり》ぼしが向うを這《は》っていますね。あの赤い大きなやつを昔《むかし》は支那《しな》では火《か》と云ったんですよ。」
「火星とはちがうんでしょうか。」
「火星とはちがいますよ。火星は惑星《わくせい》ですね、ところがあいつは立派な恒星《こうせい》なんです。」
「惑星、恒星ってどういうんですの。」
「惑星というのはですね、自分で光らないやつです。つまりほかから光を受けてやっと光るように見えるんです。恒星の方は自分で光るやつなんです。お日さまなんかは勿論《もちろん》恒星ですね。あんなに大きくてまぶしいんですがもし途方《とほう》もない遠くから見たらやっぱり小さな星に見えるんでしょうね。」
「まあ、お日さまも星のうちだったんですわね。そうして見ると空にはずいぶん沢山《たくさん》のお日さまが、あら、お星さまが、あらやっぱり変だわ、お日さまがあるんですね。」
 狐は鷹揚《おうよう》に笑いました。
「まあそうです。」
「お星さまにはどうしてああ赤いのや黄のや緑のやあるんでしょうね。」
 狐は又鷹揚に笑って腕《うで》を高く組みました。詩集はぷらぷらしましたがなかなかそれで落ちませんでした。
「星に橙《だいだい》や青やいろいろある訳ですか。それは斯《こ》うです。全体星というものははじめはぼんやりした雲のようなもんだったんです。いまの空にも沢山あります。たとえばアンドロメダにもオリオンにも猟犬座《りょうけんざ》にもみんなあります。猟犬座のは渦巻《うずま》きです。それから環状星雲《リングネビュラ》というのもあります。魚の口の形ですから魚口星雲《フィッシュマウスネビュラ》とも云いますね。そんなのが今の空にも沢山あるんです。」
「まあ、あたしいつか見たいわ。魚の口の形の星だなんてまあどんなに立派でしょう。」
「それは立派ですよ。僕《ぼく》水沢の天文台で見ましたがね。」
「まあ、あたしも見たいわ。」
「見せてあげましょう。僕実は望遠鏡を独乙《ドイツ》のツァイスに注文してあるんです。来年の春までには来ますから来たらすぐ見せてあげましょう。」狐は思わず斯う云ってしまいました。そしてすぐ考えたのです。ああ僕はたった一人のお友達にまたつい偽《うそ》を云ってしまった。ああ僕はほんとうにだめなやつだ。けれども決して悪い気で云ったんじゃない。よろこばせ
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