さすらいの鳥
 ひかりのおかの
 このさびしさ」
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 この時光の丘《おか》はサラサラサラッと一めんけはいがして草も花もみんなからだをゆすったりかがめたりきらきら宝石《ほうせき》の露《つゆ》をはらいギギンザン、リン、ギギンと起《お》きあがりました。そして声をそろえて空高く叫《さけ》びました。

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「十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》はきょうも来ず
 めぐみの宝石《いし》はきょうも降《ふ》らず
 十力《じゅうりき》の宝石《いし》の落《お》ちざれば、
 光の丘《おか》も まっくろのよる
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 二人《ふたり》は腕《うで》を組んで棒《ぼう》のように立っていましたが王子はやっと気がついたように少しからだをかがめて、
「ね、お前たちは何がそんなにかなしいの」と野ばらの木にたずねました。
 野ばらは赤い光の点々《てんてん》を王子の顔に反射《はんしゃ》させながら、
「今|言《い》った通りです。十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》がまだ来ないのです」
 王子は向《む》こうの鈴蘭《すずらん》の根《ね》もとからチクチク射《さ》して来る黄金色《きんいろ》の光をまぶしそうに手でさえぎりながら、
「十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》ってどんなものだ」とたずねました。
 野《の》ばらがよろこんでからだをゆすりました。
「十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》はただの金剛石《こんごうせき》のようにチカチカうるさく光りはしません」
 碧玉《へきぎょく》のすずらんが百の月が集《あつ》まった晩《ばん》のように光りながら向《む》こうから言《い》いました。
「十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》はきらめくときもあります。かすかににごることもあります。ほのかにうすびかりする日もあります。あるときは洞穴《どうけつ》のようにまっくらです」
 ひかりしずかな天河石《アマゾンストン》のりんどうも、もうとても踊《おど》りださずにいられないというようにサァン、ツァン、サァン、ツァン、からだをうごかして調子《ちょうし》をとりながら言《い》いました。
「その十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》は春の風よりやわらかく、ある時はまるくあるときは卵《たまご》がたです。霧《きり》より小さなつぶにもなれば、そらとつちとをうずめもします」
 まひるの笑《わら》いの虹《にじ》をあげてうめばちそうが言《い》いました。
「それはたちまち百千のつぶにもわかれ、また集《あつ》まって一つにもなります」
 はちすずめのめぐりはあまり速《はや》くてただルルルルルルと鳴るぼんやりした青い光の輪《わ》にしか見えませんでした。
 野《の》ばらがあまり気が立ち過《す》ぎてカチカチしながら叫《さけ》びました。
「十力《じゅうりき》の大宝珠《だいほうじゅ》はある時黒い厩肥《きゅうひ》のしめりの中に埋《う》もれます。それから木や草のからだの中で月光いろにふるい、青白いかすかな脈《みゃく》をうちます。それから人の子供《こども》の苹果《りんご》の頬《ほお》をかがやかします」
 そしてみんながいっしょに叫《さけ》びました。

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「十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》は今日も来ない。
 その十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》はまだ降《ふ》らない。
 おお、あめつちを充《み》てる十力《じゅうりき》のめぐみ
 われらに下れ」
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 にわかにはちすずめがキイーンとせなかの鋼鉄《こうてつ》の骨《ほね》もはじけたかと思うばかりするどいさけびをあげました。びっくりしてそちらを見ますと空が生き返《かえ》ったように新しくかがやき、はちすずめはまっすぐに二人《ふたり》の帽子《ぼうし》におりて来ました。はちすずめのあとを追《お》って二つぶの宝石《ほうせき》がスッと光って二人の青い帽子《ぼうし》におち、それから花の間に落《お》ちました。
「来た来た。ああ、とうとう来た。十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》がとうとう下った」と花はまるでとびたつばかりかがやいて叫《さけ》びました。
 木も草も花も青ぞらも一|度《ど》に高く歌いました。

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「ほろびのほのお 湧《わ》きいでて
 つちとひととを つつめども
 こはやすらけき くににして
 ひかりのひとら みちみてり
 ひかりにみてる あめつちは
 …………………」
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 急《きゅう》に声がどこか別の世界に行ったらしく聞こえなくなってしまいました。そしていつか十力《じゅうりき》の金剛石《こんごうせき》は丘《おか》いっぱいに下っておりました。そのすべての花も葉《は》も茎《くき》も今はみなめざめるばか
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