ろを見てゐましたしそれに林の前でぴたっと立ちどまったらしいのでした。そしてしばらく何かしてゐました。私は萱の葉の混《こ》んだ所から無理にのぞいて見ましたら二人ともメリケン粉の袋のやうなものを小わきにかゝへてその口の結び目を立ったまゝ解いてゐるのでした。
「この辺でよからうな。」一人が云ひました。
「うん、いゝだらう。」も一人が答へたと思ふとバラッバラッと音がしました。たしかに何か撒《ま》いたのです。私は何を撒いたか見たくて命もいらないやうに思ひました。こはいことはやっぱりこはかったのですけれども。
 役人どもはだんだん向ふの方へはんの木の間を歩きながらずゐぶんしばらく撒いてゐましたが俄かに一人が云ひました。
「おい、失敗だよ。失敗だ。ひどくしくじった。君の袋にはまだ沢山あるか。」
「どうして? 林がちがったかい。」も一人が愕《おどろ》いてたづねました。
「だって君、これは何といふ木かしらんが栗《くり》の木ぢゃないぜ、途方もないとこに栗の実が落ちてちゃ、ばれるよ。」
 も一人が落ちついた声で答へました。
「ふん、そんなことは心配ないよ、はじめから僕《ぼく》は気がついてるんだ。そんなことまで何のかんの云ふもんか。どっちから来たらうって云ったら風で飛ばされて参りましたでせうて云やいゝや。」
「そんなわけにも行くまいぜ。困ったな、どこか栗《くり》の木の下へまかう。あ、うまい、こいつはうまい。栗の木だ。こいつから落ちたといふことにすりゃいゝな。あゝ助かった。おい、こゝへ沢山まいて置かう。」
「もちろんだよ。」
 それからばらっばらっと栗の実が栗の木の幹にぶっつかったりはね落ちたりする音がしばらくしました。私どもは思はず顔を見合せました。もう大丈夫役人どもは私たちを殺しに来たのでもなく、私どもの居ることさへも知らないことがわかったのです。まるで世界が明るくなったやうに思ひました。
 遁《に》げるならいまのうちだと私たちは二人一緒に思ったのです。その証拠には私たちは一寸《ちょっと》眼《め》を見合せましたらもう立ちあがってゐました。それからそおっと萱《かや》をわけて林のうしろの方へ出ようとしました。すると早くも役人の一人が叫んだのです。
「誰《たれ》か居るぞ。入るなって云ったのに。」
「誰だ。」も一人が叫びました。私たちはすっかり失策《しくじ》ってしまったのです。ほんたうにばかなことをしたと私どもは思ひました。
 役人はもうがさがさと向ふの萱の中から出て来ました。そのとき林の中は黄金《きん》いろの日光で点々になってゐました。
「おい、誰だ、お前たちはどこから入って来た。」紺服の方の人が私どもに云ひました。
 私どもははじめまるで死んだやうになってゐましたがだんだん近くなって見ますとその役人の顔はまっ赤でまるで湯気が出るばかり殊に鼻からはぷつぷつ油汗が出てゐましたので何だか急にこはくなくなりました。
「あっちからです。」私はみちの方を指しました。するとその役人はまじめな風で云ひました。
「あゝ、あっちにもみちがあるのか。そっちへも制札《せいさつ》をして置かなかったのは失敗だった。ねえ、君。」と云ひながらあとからしなびたメリケン粉の袋をかついで来た黒服に云ひました。
「うん、やっぱり子供らは入ってるねえ、しかし構はんさ。この林からさへ追ひ出しとけぁいゝんだ。おい。お前たちね、今日はここへ非常なえらいお方が入らっしゃるんだから此処《ここ》に居てはいけないよ。野原に居たかったら居てもいゝからずうっと向ふの方へ行ってしまってここから見えないやうにするんだぞ。声をたててもいけないぞ。」
 私たちは顔を見合せました。そしてだまって籠《かご》を提げて向ふへ行かうとしました。
 慶次郎はぽいっとおじぎをしましたから私もしました。紺服の役人はメリケン粉のからふくろを手に団子のやうに捲《ま》きつけてゐましたが少し屈《かが》むやうにしました。
 私たちは行かうとしました。すると黒服の役人がうしろからいきなり云ひました。
「おいおい。おまへたちはこゝでその蕈《きのこ》をとったのか。」
 又かと私はぎくっとしました。けれどもこの時もどうしても「いゝえ。」と云へませんでした。慶次郎がかすれたやうな声で「はあ。」と答へたのです。すると役人は二人とも近くへ来て籠《かご》の中をのぞきました。
「まだあるだらうな。どこかこゝらで、沢山ある所をさがして呉《く》れないか。ごほうびをあげるから。」
 私たちはすっかり面白くなりました。
「まだ沢山ありますよ。さがしてあげませう。」私が云ひましたら紺服の役人があわてて手をふって叫びました。
「いやいや、とってしまっちゃいけない、たゞある場所をさがして教へてさへ呉れればいゝんだ。さがしてごらん。」
 私と慶次郎とはまるで電気にかかったやうに
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