すぐに立っています。まん中の人はせいも高く、大きな眼でじっとこっちを見ています。衣《ころも》のひだまで一一はっきりわかります。お星さまをちりばめたような立派な瓔珞《ようらく》をかけていました。お月さまが丁度その方の頭のまわりに輪になりました。
 右と左に少し丈《たけ》の低い立派な人が合掌《がっしょう》して立っていました。その円光はぼんやり黄金《きん》いろにかすみうしろにある青い星も見えました。雲がだんだんこっちへ近づくようです。
「南無《なむ》疾翔大力《しっしょうたいりき》、南無疾翔大力。」
 みんなは高く叫びました。その声は林をとどろかしました。雲がいよいよ近くなり、捨身菩薩《しゃしんぼさつ》のおからだは、十丈ばかりに見えそのかがやく左手がこっちへ招くように伸《の》びたと思ふと、俄に何とも云えないいいかおりがそこらいちめんにして、もうその紫の雲も疾翔大力の姿も見えませんでした。ただその澄《す》み切った桔梗いろの空にさっきの黄金《きん》いろの二十六夜のお月さまが、しずかにかかっているばかりでした。
「おや、穂吉さん、息つかなくなったよ。」俄に穂吉の兄弟が高く叫びました。
 ほんとうに穂吉はもう冷たくなって少し口をあき、かすかにわらったまま、息がなくなっていました。そして汽車の音がまた聞えて来ました。



底本:「新編風の又三郎」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年2月25日発行
   1989(平成元)年6月10日2刷
入力:蒋龍
校正:noriko saito
2009年4月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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