之を握《つか》む。利爪《りさう》深くその身に入り、諸《もろもろ》の小禽《せうきん》、痛苦又声を発するなし。則ち之を裂きて擅《ほしいまま》に※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]食《たんじき》す。或は沼田《せうでん》に至り、螺蛤《らかふ》を啄《ついば》む。螺蛤軟泥中にあり、心|柔※[#「車+(而/大)」、第3水準1−92−46]《にうなん》にして、唯温水を憶《おも》ふ。時に俄《にはか》に身、空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱《もんらん》声を絶す。汝等之を※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]食《たんじき》するに、又|懺悔《ざんげ》の念あることなし。
斯《かく》の如《ごと》きの諸《もろもろ》の悪業《あくごふ》、挙げて数ふるなし。悪業を以ての故に、更に又諸の悪業を作る。継起して遂《つひ》に竟《をは》ることなし。昼は則ち日光を懼《おそ》れ又人|及《および》諸の強鳥を恐る。心|暫《しばら》くも安らかなるなし、一度《ひとたび》梟身《けうしん》を尽して、又|新《あらた》に梟身を得《う》、審《つまびらか》に諸の苦患《くげん》を被《かうむ》りて、又|尽《つく》ることなし。」
俄《には》かに声が絶え、林の中はしぃんとなりました。たゞかすかなかすかなすゝり泣きの声が、あちこちに聞えるばかり、たしかにそれは梟《ふくろふ》のお経だったのです。
しばらくたって、西の遠くの方を、汽車のごうと走る音がしました。その音は、今度は東の方の丘に響いて、ごとんごとんとこだまをかへして来ました。
林はまたしづまりかへりました。よくよく梢をすかして見ましたら、やっぱりそれは梟でした。一|疋《ぴき》の大きなのは、林の中の一番高い松の木の、一番高い枝にとまり、そのまはりの木のあちこちの枝には、大きなのや小さいのや、もうたくさんのふくろふが、じっととまってだまってゐました。ほんのときどき、かすかなかすかなため息の音や、すゝり泣きの声がするばかりです。
ゴホゴホ声が又起りました。
「たゞ今のご文《もん》は、梟鵄《けうし》守護章というて、誰《たれ》も存知の有り難いお経の中の一とこぢゃ。たゞ今から、暫時《しばし》の間、そのご文の講釈を致す。みなの衆、ようく心を留めて聞かしゃれ。折角鳥に生れて来ても、たゞ腹が空《す》いた、取って食ふ、睡《ねむ》くなった、巣に入るではなんの所詮《しょせん》もないことぢゃぞ
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