ない、必ず目的があるのだ。化石ぢゃなかったかな。えゝと、どうか第三紀の人類に就《つ》いてお調べを願ひます、と、誰《たれ》か云ったやうだ。いゝや、さうぢゃない、白堊《はくあ》紀の巨《おほ》きな爬虫《はちゅう》類の骨骼《こっかく》を博物館の方から頼まれてあるんですがいかゞでございませう、一つお探しを願はれますまいかと、斯うぢゃなかったかな。斯うだ、斯うだ、ちがひない。さあ、ところでこゝは白堊《はくあ》系の頁岩《けつがん》だ。もうこゝでおれは探し出すつもりだったんだ。なるほど、はじめてはっきりしたぞ。さあ探せ、恐竜の骨骼《こっかく》だ。恐竜の骨骼だ。」
学士の影は
黒く頁岩の上に落ち
大股《おほまた》に歩いてゐたから
踊ってゐるやうに見えた。
海はもの凄《すご》いほど青く
空はそれより又青く
幾きれかのちぎれた雲が
まばゆくそこに浮いてゐた。
「おや出たぞ。」
楢《なら》ノ木大学士が叫び出した。
その灰いろの頁岩の
平らな奇麗な層面に
直径が一|米《メートル》ばかりある
五本指の足あとが
深く喰ひ込んでならんでゐる。
所々上の岩のために
かくれてゐるが足裏の
皺《しわ》まではっきりわかるのだ。
「さあ、見附けたぞ。この足跡の尽きた所には、きっとこいつが倒れたまゝ化石してゐる。巨《おほ》きな骨だぞ。まづ背骨なら二十米はあるだらう。巨きなもんだぞ。」
大学士はまるで雀躍《こをどり》して
その足あとをつけて行く。
足跡はずゐぶん続き
どこまで行くかわからない。
それに太陽の光線は赭《あか》く
たいへん足が疲れたのだ。
どうもをかしいと思ひながら
ふと気がついて立ちどまったら
なんだか足が柔らかな
泥に吸はれてゐるやうだ。
堅い頁岩《けつがん》の筈《はず》だったと思って
楢《なら》ノ木大学士はうしろを向いた。
そしたら全く愕《おどろ》いた。
さっきから一心に跡《つ》けて来た
巨《おほ》きな、蟇《がま》の形の足あとは
なるほどずうっと大学士の
足もとまでつゞいてゐて
それから先ももっと続くらしかったが
も一つ、どうだ、大学士の
銀座でこさへた長靴《ながぐつ》の
あともぞろっとついてゐた。
「こいつはひどい。我輩の足跡までこんなに深く入るといふのは実際少し恐れ入った。けれどもそれでも探求の目的を達することは達するな。少し歩きにくいだけだ。さあもう斯《か》うなったらどこまでだって追って
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