う。千五百万年光といふものを知らなかったんだもの。あの時鋼の槌《つち》がギギンギギンと僕らの頭にひゞいて来ましたね。遠くの方で誰《たれ》かが、あゝお前たちもたうとうお日さまの下へ出るよと叫んでゐた、もう僕たちの誰と誰とが一緒になって誰と誰とがわかれなければならないか。一向|判《わか》らなかったんですね。さよならさよならってみんな叫びましたねえ。そしたら急にパッと明るくなって僕たちは空へ飛びあがりましたねえ。あの時僕はお日さまの外に何か赤い光るものを見たやうに思ふんですよ。」
「それは僕も見たよ。」
「僕も見たんだよ、何だったらうね、あれは。」
大学士は又笑ふ。
「それはね、明らかにたがねのさきから出た火花だよ。パチッて云ったらう。そして熱かったらう。」
ところが学士の声などは
鉱物どもに聞えない。
「そんなら僕たちはこれからさきどうなるでせう。」
双子の声が又聞えた。
「さあ、あんまりこれから愉快なことでもないやうですよ。僕が前にコングロメレートから聞きましたがどうも僕らはこのまゝ又土の中にうづもれるかさうでなければ砂か粘土かにわかれてしまふだけなやうですよ。この小屋の中に居たって安心にもなりません。内に居たって外に居たってたかが二千年もたって見れば結局おんなじことでせう。」
大学士はすっかりおどろいてしまふ。
「実にどうも達観してるね。この小屋の中に居たって外に居たってたかが二千年も経《た》って見れば粘土か砂のつぶになる、実にどうも達観してる。」
その時俄《には》かにピチピチ鳴り
それからバイオタが泣き出した。
「あゝ、いた、いた、いた、いた、痛ぁい、いたい。」
「バイオタさん。どうしたの、どうしたの。」
「早くプラヂョさんをよばないとだめだ。」
「ははあ、プラヂョさんといふのはプラヂオクレースで青白いから医者なんだな。」
大学士はつぶやいて耳をすます。
「プラヂョさん、プラヂョさん。プラヂョさん。」
「はあい。」
「バイオタさんがひどくおなかが痛がってます。どうか早く診《み》て下さい。」
「はあい、なあにべつだん心配はありません。かぜを引いたのでせう。」
「ははあ、こいつらは風を引くと腹が痛くなる。それがつまり風化だな。」
大学士は眼鏡《めがね》をはづし
半巾《はんけち》で拭《ふ》いて呟《つぶ》やく。
「プラヂョさん。お早くどうか願ひます。只今《ただいま》気絶を
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