大さわぎです。
「そいつはもうたしかなんだよ。僕《ぼく》の証拠《しょうこ》というのはね、ゆうべお月さまの出るころ、署長さんが黒い衣だけ着て、頭巾《ずきん》をかぶってね、変な人と話してたんだよ。ね、そら、あの鉄砲《てっぽう》打《う》ちの小さな変な人ね、そしてね、『おい、こんどはも少しよく、粉にして来なくちゃいかんぞ。』なんて云ってるだろう。それから鉄砲打ちが何か云ったら、『なんだ、柏《かしわ》の木の皮もまぜておいた癖《くせ》に、一俵二|両《テール》だなんて、あんまり無法なことを云うな。』なんて云ってるだろう。きっと山椒の皮の粉のことだよ。」
するとも一人が叫《さけ》びました。
「あっ、そうだ。あのね、署長さんがね、僕のうちから、灰を二俵買ったよ。僕、持って行ったんだ。ね、そら、山椒の粉へまぜるのだろう。」
「そうだ。そうだ。きっとそうだ。」みんなは手を叩《たた》いたり、こぶしを握《にぎ》ったりしました。
床屋《とこや》のリチキは、商売がはやらないで、ひまなもんですから、あとでこの話をきいて、すぐ勘定《かんじょう》しました。
毒もみ収支計算
費用の部
一、金 二両 山椒皮 一俵
一、金 三十|銭《メース》 灰 一俵
計 二両三十銭|也《なり》
収入の部
一、金 十三両 鰻《うなぎ》 十三|斤《きん》
一、金 十両 その他見積り
計 二十三両也
差引勘定
二十両七十銭 署長利益
あんまりこんな話がさかんになって、とうとう小さな子供らまでが、巡査を見ると、わざと遠くへ遁《に》げて行って、
「毒もみ巡査、
なまずはよこせ。」
なんて、力いっぱいからだまで曲げて叫んだりするもんですから、これではとてもいかんというので、プハラの町長さんも仕方なく、家来《けらい》を六人連れて警察に行って、署長さんに会いました。
二人が一緒《いっしょ》に応接室の椅子《いす》にこしかけたとき、署長さんの黄金《きん》いろの眼《め》は、どこかずうっと遠くの方を見ていました。
「署長さん、ご存じでしょうか、近頃《ちかごろ》、林野《りんや》取締法《とりしまりほう》の第一条をやぶるものが大変あるそうですが、どうしたのでしょう。」
「はあ、そんなことがありますかな。」
「どうもあるそうですよ。わたしの家の山椒の皮もはがれましたし、それに魚が、たびたび死んでうかびあがるというではありませんか。」
すると署長さんがなんだか変にわらいました。けれどもそれも気のせいかしらと、町長さんは思いました。
「はあ、そんな評判がありますかな。」
「ありますとも。どうもそしてその、子供らが、あなたのしわざだと云いますが、困ったもんですな。」
署長さんは椅子から飛びあがりました。
「そいつは大へんだ。僕の名誉《めいよ》にも関係します。早速《さっそく》犯人をつかまえます。」
「何かおてがかりがありますか。」
「さあ、そうそう、ありますとも。ちゃんと証拠《しょうこ》があがっています。」
「もうおわかりですか。」
「よくわかってます。実は毒もみは私ですがね。」
署長さんは町長さんの前へ顔をつき出してこの顔を見ろというようにしました。
町長さんも愕《おどろ》きました。
「あなた? やっぱりそうでしたか。」
「そうです。」
「そんならもうたしかですね。」
「たしかですとも。」
署長さんは落ち着いて、卓子《テーブル》の上の鐘《かね》を一つカーンと叩《たた》いて、赤ひげのもじゃもじゃ生えた、第一等の探偵《たんてい》を呼びました。
さて署長さんは縛《しば》られて、裁判にかかり死刑《しけい》ということにきまりました。
いよいよ巨《おお》きな曲った刀で、首を落されるとき、署長さんは笑って云いました。
「ああ、面白かった。おれはもう、毒もみのことときたら、全く夢中《むちゅう》なんだ。いよいよこんどは、地獄《じごく》で毒もみをやるかな。」
みんなはすっかり感服しました。
底本:宮沢賢治「ちくま日本文学全集」(筑摩書房)
1991(平成3)年3月20日第1刷発行
親本:宮沢賢治全集(ちくま文庫)
入力:古村充
校正:野口英司
1998年10月17日公開
1999年7月23日修正
青空文庫作成ファイル:
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