兎もさうきいてゐると、たいへんうれしくてボロボロ涙をこぼして云ひました。
「なまねこ、なまねこ。あゝありがたい、山猫さま。私《わたし》のやうなつまらないものを耳のことまでご心配くださいますとはありがたいことでございます。助かりますなら耳の二つやそこらなんでもございませぬ。なまねこ。」
狸《たぬき》もそら涙をボロボロこぼして
「なまねこ、なまねこ、こんどは兎《うさぎ》の脚をかじれとはあんまりはねるためでございませうか。はいはい、かじりますかじりますなまねこなまねこ。」と云ひながら兎のあとあしをむにゃむにゃ食べました。
兎はますますよろこんで、
「あゝありがたや、山猫《やまねこ》さま。おかげでわたくしは脚がなくなってもう歩かなくてもよくなりました。あゝありがたいなまねこなまねこ。」
狸はもうなみだで身体《からだ》もふやけさうに泣いたふりをしました。
「なまねこ、なまねこ。みんなおぼしめしのとほりでございます。わたしのやうなあさましいものでも、命をつないでお役にたてと仰《おっしゃ》られますか。はい、はい、これも仕方はございませぬ、なまねこなまねこ。おぼしめしのとほりにいたしまする。むにゃむにゃ。」
兎はすっかりなくなってしまひました。
そして狸のおなかの中で云ひました。
「すっかりだまされた。お前の腹の中はまっくろだ。あゝくやしい。」
狸は怒って云ひました。
「やかましい。はやく溶けてしまへ。」
兎はまた叫びました。
「みんな狸にだまされるなよ。」
狸は眼をぎろぎろして外へ聞えないやうにしばらくの間口をしっかり閉ぢてそれから手で鼻をふさいでゐました。
それから丁度二ヶ月たちました。ある日、狸は自分の家《うち》で、例のとほりありがたいごきたうをしてゐますと、狼《おほかみ》が籾《もみ》を三升さげて来て、どうかお説教をねがひますと云ひました。
そこで狸は云ひました。
「お前はものの命をとったことは、五百や千では利くまいな。生きとし生けるものならばなにとて死にたいものがあらう。な。それをおまへは食ったのぢゃ。な。早くざんげさっしゃれ。でないとあとでえらい責苦にあふことぢゃぞよ。おゝ恐ろしや。なまねこ。なまねこ。」
狼はすっかりおびえあがって、しばらくきょろきょろしながらたづねました。
「そんならどうしたらいゝでせう。」
狸が云ひました。
「わしは山ねこさまのお身代りぢゃで、わしの云ふとほりさっしゃれ。なまねこ。なまねこ。」
「どうしたらようございませう。」と狼があわててききました。狸が云ひました。
「それはな。じっとしてゐさしゃれ。な。わしはお前のきばをぬくぢゃ。このきばでいかほどものの命をとったか。恐ろしいことぢゃ。な。お前の目をつぶすぢゃ。な。この目で何ほどのものをにらみ殺したか、恐ろしいことぢゃ。それから。なまねこ、なまねこ、なまねこ。お前のみゝを一寸《ちょっと》かじるぢゃ。これは罰ぢゃ。なまねこ。なまねこ。こらへなされ。お前のあたまをかじるぢゃ。むにゃ、むにゃ。なまねこ。この世の中は堪忍が大事ぢゃ。なま……。むにゃむにゃ。お前のあしをたべるぢゃ。なかなかうまい。なまねこ。むにゃ。むにゃ。おまへのせなかを食ふぢゃ。ここもうまい。むにゃむにゃむにゃ。」
たうとう狼《おほかみ》はみんな食はれてしまひました。
そして狸《たぬき》のはらの中で云ひました。
「こゝはまっくらだ。あゝ、こゝに兎《うさぎ》の骨がある。誰《たれ》が殺したらう。殺したやつはあとで狸に説教されながらかじられるだらうぜ。」
狸はやかましいやかましい蓋《ふた》をしてやらう。と云ひながら狼の持って来た籾《もみ》を三升風呂敷のまゝ呑《の》みました。
ところが狸は次の日からどうもからだの工合《ぐあひ》がわるくなった。どういふわけか非常に腹が痛くて、のどのところへちくちく刺さるものがある。
はじめは水を呑んだりしてごまかしてゐたけれども一日一日それが烈《はげ》しくなってきてもう居ても立ってもゐられなくなった。たうとう狼をたべてから二十五日めに狸はからだがゴム風船のやうにふくらんでそれからボローンと鳴って裂けてしまった。
林中のけだものはびっくりして集って来た。見ると狸のからだの中は稲の葉でいっぱいでした。あの狼の下げて来た籾が芽を出してだんだん大きくなったのだ。
洞熊《ほらくま》先生も少し遅れて来て見ました。そしてあゝ三人とも賢いいゝこどもらだったのにじつに残念なことをしたと云ひながら大きなあくびをしました。
このときはもう冬のはじまりであの眼の碧《あを》い蜂《はち》の群はもうみんなめいめいの蝋《らふ》でこさへた六角形の巣にはひって次の春の夢を見ながらしづかに睡《ねむ》って居りました。
底本:「新修宮沢賢治全集 第十一巻」筑摩書房
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