まのお身代りぢゃで、わしの云ふとほりさっしゃれ。なまねこ。なまねこ。」
「どうしたらようございませう。」と狼があわててききました。狸が云ひました。
「それはな。じっとしてゐさしゃれ。な。わしはお前のきばをぬくぢゃ。このきばでいかほどものの命をとったか。恐ろしいことぢゃ。な。お前の目をつぶすぢゃ。な。この目で何ほどのものをにらみ殺したか、恐ろしいことぢゃ。それから。なまねこ、なまねこ、なまねこ。お前のみゝを一寸《ちょっと》かじるぢゃ。これは罰ぢゃ。なまねこ。なまねこ。こらへなされ。お前のあたまをかじるぢゃ。むにゃ、むにゃ。なまねこ。この世の中は堪忍が大事ぢゃ。なま……。むにゃむにゃ。お前のあしをたべるぢゃ。なかなかうまい。なまねこ。むにゃ。むにゃ。おまへのせなかを食ふぢゃ。ここもうまい。むにゃむにゃむにゃ。」
 たうとう狼《おほかみ》はみんな食はれてしまひました。
 そして狸《たぬき》のはらの中で云ひました。
「こゝはまっくらだ。あゝ、こゝに兎《うさぎ》の骨がある。誰《たれ》が殺したらう。殺したやつはあとで狸に説教されながらかじられるだらうぜ。」
 狸はやかましいやかましい蓋《ふた》をしてやらう。と云ひながら狼の持って来た籾《もみ》を三升風呂敷のまゝ呑《の》みました。
 ところが狸は次の日からどうもからだの工合《ぐあひ》がわるくなった。どういふわけか非常に腹が痛くて、のどのところへちくちく刺さるものがある。
 はじめは水を呑んだりしてごまかしてゐたけれども一日一日それが烈《はげ》しくなってきてもう居ても立ってもゐられなくなった。たうとう狼をたべてから二十五日めに狸はからだがゴム風船のやうにふくらんでそれからボローンと鳴って裂けてしまった。
 林中のけだものはびっくりして集って来た。見ると狸のからだの中は稲の葉でいっぱいでした。あの狼の下げて来た籾が芽を出してだんだん大きくなったのだ。
 洞熊《ほらくま》先生も少し遅れて来て見ました。そしてあゝ三人とも賢いいゝこどもらだったのにじつに残念なことをしたと云ひながら大きなあくびをしました。
 このときはもう冬のはじまりであの眼の碧《あを》い蜂《はち》の群はもうみんなめいめいの蝋《らふ》でこさへた六角形の巣にはひって次の春の夢を見ながらしづかに睡《ねむ》って居りました。



底本:「新修宮沢賢治全集 第十一巻」筑摩書房
  
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