た。
「なめくじさん。からだが半分とけたようですよ。もうよして下さい。」ととかげは泣き声を出しました。
「ハッハハ。なあにそれほどじゃありません。ほんのも少しです。も一分五|厘《りん》ですよ。ハッハハ。」となめくじが云いました。
それを聞いたとき、とかげはやっと安心しました。丁度心臓がとけたのです。
そこでなめくじはペロリととかげをたべました。そして途方《とほう》もなく大きくなりました。
あんまり大きくなったので嬉《うれ》しまぎれについあの蜘蛛《くも》をからかったのでした。
そしてかえって蜘蛛からあざけられて、熱病を起したのです。そればかりではなく、なめくじの評判はどうもよくなくなりました。
なめくじはいつでもハッハハと笑って、そしてヘラヘラした声で物を言うけれども、どうも心がよくなくて蜘蛛やなんかよりは却《かえ》って悪いやつだというのでみんなが軽べつをはじめました。殊《こと》に狸はなめくじの話が出るといつでもヘンと笑って云いました。
「なめくじなんてまずいもんさ。ぶま加減は見られたもんじゃない。」
なめくじはこれを聞いて怒《おこ》って又病気になりました。そのうちに蜘蛛は腐敗して雨で流れてしまいましたので、なめくじも少しせいせいしました。
次の年ある日|雨蛙《あまがえる》がなめくじの立派なおうちへやって参りました。
そして、
「なめくじさん。こんにちは。少し水を呑《の》ませませんか。」と云いました。
なめくじはこの雨蛙もペロリとやりたかったので、思い切っていい声で申しました。
「蛙さん。これはいらっしゃい。水なんかいくらでもあげますよ。ちかごろはひでりですけれどもなあに云わばあなたと私《わたくし》は兄弟。ハッハハ。」そして水がめの所へ連れて行《ゆ》きました。
蛙はどくどくどくどく水を呑んでからとぼけたような顔をしてしばらくなめくじを見てから云いました。
「なめくじさん。ひとつすもうをとりましょうか。」
なめくじはうまいと、よろこびました。自分が云おうと思っていたのを蛙の方が云ったのです。こんな弱ったやつならば五へん投げつければ大ていペロリとやれる。
「とりましょう。よっしょ。そら。ハッハハ。」かえるはひどく投げつけられました。
「もう一ぺんやりましょう。ハッハハ。よっしょ。そら。ハッハハ。」かえるは又投げつけられました。するとかえるは大へんあわててふところから塩のふくろを出して云いました。
「土俵へ塩をまかなくちゃだめだ。そら。シュウ。」塩がまかれました。
なめくじが云いました。
「かえるさん。こんどはきっと私《わたくし》なんかまけますね。あなたは強いんだもの。ハッハハ。よっしょ。そら。ハッハハ。」蛙はひどく投げつけられました。
そして手足をひろげて青じろい腹を空に向けて死んだようになってしまいました。銀色のなめくじは、すぐペロリとやろうと、そっちへ進みましたがどうしたのか足がうごきません。見るともう足が半分とけています。
「あ、やられた。塩だ。畜生《ちくしょう》。」となめくじが云いました。
蛙はそれを聞くと、むっくり起きあがってあぐらをかいて、かばんのような大きな口を一ぱいにあけて笑いました。そしてなめくじにおじぎをして云いました。
「いや、さよなら。なめくじさん。とんだことになりましたね。」
なめくじが泣きそうになって、
「蛙さん。さよ……。」と云ったときもう舌がとけました。雨蛙はひどく笑いながら
「さよならと云いたかったのでしょう。本当にさよならさよなら。暗い細路《ほそみち》を通って向うへ行ったら私《わたし》の胃袋にどうかよろしく云って下さいな。」と云いながら銀色のなめくじをペロリとやりました。
三、顔を洗わない狸《たぬき》
狸は顔を洗いませんでした。
それもわざと洗わなかったのです。
狸は丁度蜘蛛が林の入口《いりくち》の楢《なら》の木に、二銭銅貨位の巣《す》をかけた時、すっかりお腹《なか》が空《す》いて一本の松《まつ》の木によりかかって目をつぶっていました。すると兎《うさぎ》がやって参りました。
「狸さま。こうひもじくては全く仕方ございません。もう死ぬだけでございます。」
狸がきもののえりを掻《か》き合せて云いました。
「そうじゃ。みんな往生じゃ。山猫大明神《やまねこだいみょうじん》さまのおぼしめしどおりじゃ。な。なまねこ。なまねこ。」
兎も一緒《いっしょ》に念猫《ねんねこ》をとなえはじめました。
「なまねこ、なまねこ、なまねこ、なまねこ。」
狸は兎の手をとってもっと自分の方へ引きよせました。
「なまねこ、なまねこ、みんな山猫さまのおぼしめしどおり、なまねこ。なまねこ。」と云いながら兎の耳をかじりました。兎はびっくりして叫《さけ》びました。
「あ痛っ。狸さん。ひどいじゃありませんか。」
狸はむにゃむにゃ兎の耳をかみながら、
「なまねこ、なまねこ、みんな山猫さまのおぼしめしどおり。なまねこ。」と云いながら、とうとう兎の両方の耳をたべてしまいました。
兎もそうきいていると、たいへんうれしくてボロボロ涙《なみだ》をこぼして云いました。
「なまねこ、なまねこ。ああありがたい、山猫さま。私《わたし》のような悪いものでも助かりますなら耳の二つやそこらなんでもございませぬ。なまねこ。」
狸もそら涙をボロボロこぼして
「なまねこ、なまねこ、私《わたくし》のようなあさましいものでも助かりますなら手でも足でもさしあげまする。ああありがたい山猫さま。みんなおぼしめしのまま。」と云いながら兎の手をむにゃむにゃ食べました。
兎はますますよろこんで、
「ああありがたや、山猫さま。私《わたくし》のようないくじないものでも助かりますなら手の二本やそこらはいといませぬ。なまねこ、なまねこ。」
狸はもうなみだで身体《からだ》もふやけそうに泣いたふりをしました。
「なまねこ、なまねこ。私《わたし》のようなとてもかなわぬあさましいものでも、お役にたてて下されますか。ああありがたや。なまねこなまねこ。おぼしめしのとおり。むにゃむにゃ。」
兎はすっかりなくなってしまいました。
そこで狸のおなかの中で云いました。
「すっかりだまされた。お前の腹の中はまっくろだ。ああくやしい。」
狸は怒《おこ》って云いました。
「やかましい。はやく消化しろ。」
そして狸はポンポコポンポンとはらつづみをうちました。
それから丁度二ヶ月たちました。ある日、狸は自分の家《うち》で、例のとおりありがたいごきとうをしていますと、狼《おおかみ》がお米を三|升《じょう》さげて来て、どうかお説教をねがいますと云いました。
そこで狸は云いました。
「みんな山ねこさまのおぼしめしじゃ。お前がお米を三升もって来たのも、わしがお前に説教するのもじゃ。山ねこさまはありがたいお方じゃ。兎はおそばに参って、大臣になられたげな。お前もものの命をとったことは、五百や千では利《き》くまいに、早うざんげさっしゃれ。でないと山ねこさまにえらい責苦《せめく》にあわされますぞい。おお恐《おそ》ろしや。なまねこ。なまねこ。」
狼はおびえあがって、きょろきょろしながらたずねました。
「そんならどうしたら助かりますかな。」
狸が云いました。
「わしは山ねこさまのお身代りじゃで、わしの云うとおりさっしゃれ。なまねこ。なまねこ。」
「どうしたらようございましょう。」と狼があわててききました。狸が云いました。
「それはな。じっとしていさしゃれ。な。わしはお前のきばをぬくじゃ。な。お前の目をつぶすじゃ。な。それから。なまねこ、なまねこ、なまねこ。お前のみみを一寸《ちょっと》かじるじゃ。なまねこ。なまねこ。こらえなされ。お前のあたまをかじるじゃ。むにゃ、むにゃ。なまねこ。堪忍《かんにん》が大事じゃぞえ。なま……。むにゃむにゃ。お前のあしをたべるじゃ。うまい。なまねこ。むにゃ。むにゃ。おまえのせなかを食うじゃ。うまい。むにゃむにゃむにゃ。」
狼は狸のはらの中で云いました。
「ここはまっくらだ。ああ、ここに兎の骨がある。誰《たれ》が殺したろう。殺したやつは狸さまにあとでかじられるだろうに。」
狸は無理に「ヘン。」と笑っていました。
さて蜘蛛はとけて流れ、なめくじはペロリとやられ、そして狸は病気にかかりました。
それはからだの中に泥《どろ》や水がたまって、無暗《むやみ》にふくれる病気で、しまいには中に野原や山ができて狸のからだは地球儀《ちきゅうぎ》のようにまんまるになりました。
そしてまっくろになって、熱にうかされて、
「うう、こわいこわい。おれは地獄《じごく》行きのマラソンをやったのだ。うう、切ない。」といいながらとうとう焦《こ》げて死んでしまいました。
*
なるほどそうしてみると三人とも地獄行きのマラソン競争をしていたのです。
底本:「新編 風の又三郎」新潮文庫、新潮社
1989(平成元)年2月25日発行
2001(平成13)年4月25日14刷
底本の親本:「新修宮沢賢治全集」筑摩書房
入力:久保格
校正:林 幸雄
2003年8月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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