蜘蛛はキリキリキリッとはがみをして云いました。
「何を。狸め。一生のうちにはきっとおれにおじぎをさせて見せるぞ。」
それからは蜘蛛は、もう一生けん命であちこちに十《とお》も網をかけたり、夜も見はりをしたりしました。ところが困ったことは腐敗《ふはい》したのです。食物《しょくもつ》がずんずんたまって、腐敗したのです。そして蜘蛛の夫婦と子供にそれがうつりました。そこで四人《よったり》は足のさきからだんだん腐《くさ》れてべとべとになり、ある日とうとう雨に流れてしまいました。
それは蜘蛛暦三千八百年の五月の事です。
二、銀色のなめくじ
丁度蜘蛛が林の入口《いりくち》の楢《なら》の木に、二銭銅貨の位の網をかけた頃《ころ》、銀色のなめくじの立派なおうちへかたつむりがやって参りました。
その頃なめくじは林の中では一番親切だという評判でした。かたつむりは
「なめくじさん。今度は私《わたし》もすっかり困ってしまいましたよ。まるで食べるものはなし、水はなし、すこしばかりお前さんのためてあるふきのつゆを呉《く》れませんか。」と云いました。
するとなめくじが云いました。
「あげますともあげますとも。さあ、おあがりなさい。」
「ああありがとうございます。助かります。」と云いながらかたつむりはふきのつゆをどくどくのみました。
「もっとおあがりなさい。あなたと私《わたくし》とは云わば兄弟。ハッハハ。さあ、さあ、も少しおあがりなさい。」となめくじが云いました。
「そんならも少しいただきます。ああありがとうございます。」と云いながらかたつむりはも少しのみました。
「かたつむりさん。気分がよくなったら一つ相撲をとりましょうか。ハッハハ。久しぶりです。」となめくじが云いました。
「おなかがすいて力がありません。」とかたつむりが云いました。
「そんならたべ物をあげましょう。さあ、おあがりなさい。」となめくじはあざみの芽やなんか出しました。
「ありがとうございます。それではいただきます。」といいながらかたつむりはそれを喰《た》べました。
「さあ、すもうをとりましょう。ハッハハ。」となめくじがもう立ちあがりました。かたつむりも仕方なく、
「私《わたし》はどうも弱いのですから強く投げないで下さい。」と云いながら立ちあがりました。
「よっしょ。そら。ハッハハ。」かたつむりはひどく投げつけられまし
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