な。」
狸が云いました。
「わしは山ねこさまのお身代りじゃで、わしの云うとおりさっしゃれ。なまねこ。なまねこ。」
「どうしたらようございましょう。」と狼があわててききました。狸が云いました。
「それはな。じっとしていさしゃれ。な。わしはお前のきばをぬくじゃ。な。お前の目をつぶすじゃ。な。それから。なまねこ、なまねこ、なまねこ。お前のみみを一寸《ちょっと》かじるじゃ。なまねこ。なまねこ。こらえなされ。お前のあたまをかじるじゃ。むにゃ、むにゃ。なまねこ。堪忍《かんにん》が大事じゃぞえ。なま……。むにゃむにゃ。お前のあしをたべるじゃ。うまい。なまねこ。むにゃ。むにゃ。おまえのせなかを食うじゃ。うまい。むにゃむにゃむにゃ。」
狼は狸のはらの中で云いました。
「ここはまっくらだ。ああ、ここに兎の骨がある。誰《たれ》が殺したろう。殺したやつは狸さまにあとでかじられるだろうに。」
狸は無理に「ヘン。」と笑っていました。
さて蜘蛛はとけて流れ、なめくじはペロリとやられ、そして狸は病気にかかりました。
それはからだの中に泥《どろ》や水がたまって、無暗《むやみ》にふくれる病気で、しまいには中に野原や山ができて狸のからだは地球儀《ちきゅうぎ》のようにまんまるになりました。
そしてまっくろになって、熱にうかされて、
「うう、こわいこわい。おれは地獄《じごく》行きのマラソンをやったのだ。うう、切ない。」といいながらとうとう焦《こ》げて死んでしまいました。
*
なるほどそうしてみると三人とも地獄行きのマラソン競争をしていたのです。
底本:「新編 風の又三郎」新潮文庫、新潮社
1989(平成元)年2月25日発行
2001(平成13)年4月25日14刷
底本の親本:「新修宮沢賢治全集」筑摩書房
入力:久保格
校正:林 幸雄
2003年8月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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