た。私ははじめたった一人で行こうと思ったのでしたがどうも野原から大分|奥《おく》でこわかったのですし第一どの辺だったかあまりはっきりしませんでしたから誰か友だちを誘《さそ》おうときめました。
 そこで土曜日に私は藤原|慶次郎《けいじろう》にその話をしました。そして誰にもその場所をはなさないなら一緒《いっしょ》に行こうと相談しました。すると慶次郎はまるでよろこんで言いました。
「楢渡なら方向はちゃんとわかっているよ。あすこでしばらく木炭《すみ》を焼いていたのだから方角はちゃんとわかっている。行こう。」
 私はもう占《し》めたと思いました。
 次の朝早く私どもは今度は大きな籠《かご》を持ってでかけたのです。実際それを一ぱいとることを考えると胸がどかどかするのでした。
 ところがその日は朝も東がまっ赤でどうも雨になりそうでしたが私たちが柏の林に入ったころはずいぶん雲がひくくてそれにぎらぎら光って柏の葉も暗く見え風もカサカサ云って大へん気味が悪くなりました。
 それでも私たちはずんずん登って行きました。慶次郎は時々向うをすかすように見て
「大丈夫《だいじょうぶ》だよ。もうすぐだよ。」と云うのでした。実際山を歩くことなどは私よりも慶次郎の方がずうっとなれていて上手でした。
 ところがうまいことはいきなり私どもははぎぼだしに出《で》っ会《く》わしました。そこはたしかに去年の処ではなかったのです。ですから私は
「おい、ここは新らしいところだよ。もう僕《ぼく》らはきのこ山を二つ持ったよ。」と言ったのです。すると慶次郎も顔を赤くしてよろこんで眼《め》や鼻や一緒になってどうしてもそれが直らないという風でした。
「さあ、取ってこう。」私は云いました。そして白いのばかりえらんで二人ともせっせと集めました。昨年のことなどはすっかり途中で話して来たのです。
 間もなく籠が一ぱいになりました。丁度そのときさっきからどうしても降りそうに見えた空から雨つぶがポツリポツリとやって来ました。
「さあぬれるよ。」私は言いました。
「どうせずぶぬれだ。」慶次郎も云いました。
 雨つぶはだんだん数が増して来てまもなくザアッとやって来ました。楢の葉はパチパチ鳴り雫《しずく》の音もポタッポタッと聞えて来たのです。私と慶次郎とはだまって立ってぬれました。それでもうれしかったのです。
 ところが雨はまもなくぱたっとや
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