私どもは柏《かしわ》の林の中に入りました。
 影《かげ》がちらちらちらちらして葉はうつくしく光りました。曲った黒い幹の間を私どもはだんだん潜《くぐ》って行きました。林の中に入ったら理助もあんまり急がないようになりました。又じっさい急げないようでした。傾斜《けいしゃ》もよほど出てきたのでした。
 十五分も柏の中を潜ったとき理助は少し横の方へまがってからだをかがめてそこらをしらべていましたが間もなく立ちどまりました。そしてまるで低い声で、
「さあ来たぞ。すきな位とれ。左の方へは行くなよ。崖だから。」
 そこは柏や楢の林の中の小さな空地でした。私はまるでぞくぞくしました。はぎぼだしがそこにもここにも盛《さか》りになって生えているのです。理助は炭俵をおろして尤《もっとも》らしく口をふくらせてふうと息をついてから又言いました。
「いいか。はぎぼだしには茶いろのと白いのとあるけれど白いのは硬《かた》くて筋が多くてだめだよ。茶いろのをとれ。」
「もうとってもいいか。」私はききました。
「うん。何へ入れてく。そうだ。羽織へ包んで行け。」
「うん。」私は羽織をぬいで草に敷《し》きました。
 理助はもう片っぱしからとって炭俵の中へ入れました。私もとりました。ところが理助のとるのはみんな白いのです。白いのばかりえらんでどしどし炭俵の中へ投げ込《こ》んでいるのです。私はそこでしばらく呆《あき》れて見ていました。
「何をぼんやりしてるんだ。早くとれとれ。」理助が云いました。
「うん。けれどお前はなぜ白いのばかりとるの。」私がききました。
「おれのは漬物《つけもの》だよ。お前のうちじゃ蕈《きのこ》の漬物なんか喰べないだろうから茶いろのを持って行った方がいいやな。煮《に》て食うんだろうから。」
 私はなるほどと思いましたので少し理助を気の毒なような気もしながら茶いろのをたくさんとりました。羽織に包まれないようになってもまだとりました。
 日がてって秋でもなかなか暑いのでした。
 間もなく蕈も大ていなくなり理助は炭俵一ぱいに詰《つ》めたのをゆるく両手で押《お》すようにしてそれから羊歯《しだ》の葉を五六枚のせて縄《なわ》で上をからげました。
「さあ戻《もど》るぞ。谷を見て来るかな。」理助は汗《あせ》をふきながら右の方へ行きました。私もついて行きました。しばらくすると理助はぴたっととまりました。
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング