、居たかぁ。」
「居たかぁ。」崖がこだまを返しました。
「また来るよ。」慶次郎が叫びました。
「来るよ。」崖が答へました。
「馬鹿《ばか》。」私が少し大胆になって悪口をしました。
「馬鹿。」崖も悪口を返しました。
「馬鹿野郎」慶次郎が少し低く叫びました。
 ところがその返事はたゞごそごそごそっとつぶやくやうに聞えました。どうも手がつけられないと云ったやうにも又そんなやつらにいつまでも返事してゐられないなと自分ら同志で相談したやうにも聞えました。
 私どもは顔を見合せました。それから俄《には》かに恐《こは》くなって一緒に崖をはなれました。
 それから籠《かご》を持ってどんどん下りました。二人ともだまってどんどん下りました。雫《しづく》ですっかりぬればらや何かに引っかゝれながらなんにも云はずに私どもはどんどんどんどん遁《に》げました。遁げれば遁げるほどいよいよ恐くなったのです。うしろでハッハッハと笑ふやうな声もしたのです。
 ですから次の年はたうとう私たちは兄さんにも話して一緒にでかけたのです。



底本:「新修宮沢賢治全集 第九巻」筑摩書房
   1979(昭和54)年7月15日初版第
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