してこゝを離れないから」
 蟻《あり》の子供らは一目散にかけて行きます。
 歩哨《ほせう》は剣をかまへて、じつとそのまつしろな太い柱の、大きな屋根のある工事をにらみつけてゐます。
 それはだんだん大きくなるやうです。だいいち輪廓《りんくわく》のぼんやり白く光つてぷるぷるぷるぷる顫《ふる》へてゐることでもわかります。
 俄《には》かにぱつと暗くなり、そこらの苔《こけ》はぐらぐらゆれ、蟻の歩哨は夢中で頭をかかへました。眼をひらいてまた見ますと、あのまつ白な建物は、柱が折れてすつかり引つくり返つてゐます。
 蟻の子供らが両方から帰つてきました。
「兵隊さん。構はないさうだよ。あれはきのこといふものだつて。何でもないつて。アルキル中佐はうんと笑つたよ。それからぼくをほめたよ」
「あのね、すぐなくなるつて。地図に入れなくてもいいつて。あんなもの地図に入れたり消したりしてゐたら、陸地測量部など百あつても足りないつて。おや! 引つくりかへつてらあ」
「たつたいま倒れたんだ」歩哨は少しきまり悪さうに云ひました。
「なあんだ。あつ。あんなやつも出て来たぞ」
 向ふに魚の骨の形をした灰いろのをかしなきのこが、とぼけたやうに光りながら、枝がついたり手が出たりだんだん地面からのびあがつてきます。二疋の蟻の子供らは、それを指さして、笑つて笑つて笑ひます。
 そのとき霧の向ふから、大きな赤い日がのぼり、羊歯《しだ》もすぎごけもにはかにぱつと青くなり、蟻の歩哨は、また厳《いか》めしくスナイドル式銃剣を南の方へ構へました。



底本:「宮沢賢治全集8」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年1月28日第1刷発行
   2004(平成16)年4月25日第20刷発行
初出:「天才人 第六輯」
   1933(昭和8)年3月25日発行
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2009年5月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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