とうなってしばらく室の中をくるくる廻《まわ》っていましたが、また一声
「わん。」と高く吠《ほ》えて、いきなり次の扉に飛びつきました。戸はがたりとひらき、犬どもは吸い込まれるように飛んで行きました。
 その扉の向うのまっくらやみのなかで、
「にゃあお、くゎあ、ごろごろ。」という声がして、それからがさがさ鳴りました。
 室はけむりのように消え、二人は寒さにぶるぶるふるえて、草の中に立っていました。
 見ると、上着や靴《くつ》や財布《さいふ》やネクタイピンは、あっちの枝《えだ》にぶらさがったり、こっちの根もとにちらばったりしています。風がどうと吹《ふ》いてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
 犬がふうとうなって戻《もど》ってきました。
 そしてうしろからは、
「旦那《だんな》あ、旦那あ、」と叫ぶものがあります。
 二人は俄《にわ》かに元気がついて
「おおい、おおい、ここだぞ、早く来い。」と叫びました。
 簔帽子《みのぼうし》をかぶった専門の猟師《りょうし》が、草をざわざわ分けてやってきました。
 そこで二人はやっと安心しました。
 そして猟師のもってきた団子《だんご》をたべ、途中《とちゅう》で十円だけ山鳥を買って東京に帰りました。
 しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは、東京に帰っても、お湯にはいっても、もうもとのとおりになおりませんでした。



底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
   1990(平成2)年5月25日発行
   1997(平成9)年5月10日17刷
初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社
   1924(大正13)年12月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年1月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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