すこに大きな黄色の禿げがあるでせう。あすこの割合上のあたりに松が一本生えてませう。平ったくてまるで潰《つぶ》れた蕈《きのこ》のやうです。どうしてあんなになったんですか。土壌が浅くて少し根をのばすとすぐ岩石でせう。下へ延びようとしても出来ないでせう。横に広がるだけでせう。ところが根と枝は相関現象で似たやうな形になるんです。枝も根のやうに横にひろがります。桜の木なんか植ゑるとき根を束ねるやうにしてまっすぐに下げて植ゑると土から上の方も箒《はうき》のやうに立ちませう。広げれば広がります。〕
「そんだ。林学でおら習った。」何と云ったかな。このせいの高い眼《め》の大きな生徒。
坂になったな。ごろごろ石が落ちてゐる。
「先生この石何て云ふのす。」どうせきまってる。
〔凝灰岩。流紋凝灰岩だ。凝灰岩の温泉の為《ため》に硅化《けいくゎ》を受けたのだ。〕
光が網になってゆらゆらする。みんなの足並。小松の密林。
「釜淵《かまぶち》だら俺《おら》ぁ前になんぼがへりも見だ。それでも今日も来た。」
うしろで云ってゐる。あの顔の赤い、そしていつでも少し眼が血走ってどうかすると泣いてゐるやうに見える、あの生徒だ。五内川《ごないかは》でもないし、何と云ったかな。
けれどもその語《ことば》はよく分ってゐるぞ。よくわかってゐるとも。
巨礫《きょれき》がごろごろしてゐる。一つ欠いて見せるかな。うまくいった。パチンといった。〔これは安山岩です。上流《かみ》の方から流れて来たのです。〕
すっと歩き出せ。関さんだ。「この石は安山岩であります。上流から流れて来たのです。」まねをしてゐる。堀田だな。堀田は赤い毛糸のジャケツを着てゐるんだ。物を言ふ口付きが覚束《おぼつか》なくて眼はどこを見てゐるかはっきりしないで黒くてうるんでゐる。今はそれがうしろの横でちらっと光る。
そこの松林の中から黒い畑が一枚出て来ます。
(あゝ畑も入ります入ります。遊園地には畑もちゃんと入ります)なんて誰《たれ》だったかな、云ってゐた、あてにならない。こんな畑を云ふんだらう。おれのはもっとずっと上流の北上《きたかみ》川から遠くの東の山地まで見はらせるやうにあの小桜山の下の新らしく墾《ひら》いた広い畑を云ったんだ。
「全体どごさ行ぐのだべ。」
「なあに先生さ従《つ》いでさぃ行げばいゝんだぢゃ。」又堀田だな。前の通りだ。うしろで黄いろに光ってゐる。みんな躊躇《ちうちょ》してみちをあけた。おれが一番さきになる。こっちもみちはよく知らないがなあにすぐそこなんだ。路《みち》から見えたら下りるだけだ。
防火線もずうっとうしろになった。
〔あれが小桜山だらう。〕けはしい二つの稜《りょう》を持ち、暗くて雲かげにゐる。少し名前に合はない。けれどもどこかしんとして春の底の樺《かば》の木の気分はあるけれどもそれは偶然性だ。よくわからない。みちが二つに岐《わか》れてゐる。この下のみちがきっと釜淵《かまぶち》に行くんだ。もうきっと間違ひない。
小松だ。密だ。混んでゐる。それから巨礫がごろごろしてゐる。うすぐろくて安山岩だ。地質調査をするときはこんなどこから来たかわからないあいまいな岩石《もの》に鉄槌《かなづち》を加へてはいけないと教へようかな。すぐ眼の前を及川が手拭《てぬぐひ》を首に巻いて黄色の服で急いでゐるし、云はうかな。けれどもこれは必要がない。却《かへ》って混雑するだけだ。とにかくひどく坂になった。こんな工合《ぐあひ》で丁度よく釜淵に下りるんだ。遠くで鳥も鳴いてゐるし。下の方で渓がひどく鳴ってゐる。事によるとこゝらの下が釜淵だ。一寸《ちょっと》のぞいて見よう。
黒い松の幹とかれくさ。みんなぞろぞろ従《つ》いて来る。渓が見える。水が見える。波や白い泡《あわ》も見える。あゝまだ下だ。ずうっと下だ。釜淵は。ふちの上の滝へ平らになって水がするする急いで行く。それさへずうっと下なのだ。
この崖《がけ》は急でとても下りられない。下に降りよう。松林だ。みちらしく踏まれたところもある。下りて行かう。藪《やぶ》だ。日陰だ。山吹の青いえだや何かもぢゃ/\してゐる。さきに行くのは大内だ。大内は夏服の上に黄色な実習服を着て結びを腰にさげてずんずん藪をこいで行く。よくこいで行く。
急にけはしい段がある。木につかまれ木は光る。雑木は二本雑木が光る。
「ぢゃ木さば保《た》ご附くこなしだぢゃぃ。」誰《たれ》かがうしろで叫んでゐる。どういふ意味かな。木にとりつくと弾《は》ね返ってうしろのものを叩《たた》くといふのだらうか。
光って木がはねかへる。おれはそんなことをしたかな。いやそれはもうよく気をつけたんだ。藪《やぶ》だ。もぢゃもぢゃしてゐる。大内はよくあるく。
崖《がけ》だ。滝はすぐそこだし、こゝを下りるより仕方ない。さあ降りよ
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