大竹だ。「おら荷物置いで来たがらこっちがら行ぐ。」よからう。〔よおし。〕もう大竹が滝をおりて行く。すばやいやつだ。二三人又ついて行く。それからも一人おくれてひどく心配さうに背中をかゞめて下りて行く。斉藤《さいとう》貞一かな。一寸《ちょっと》こっちを見たところには栗鼠《りす》の軽さもある。ほんたうに心配なんだ。かあいさう。
市野川やみんながぞろぞろ崖をみちの方へ上って行くらしい。
さうすればおれはやっぱり川を下った方がいゝんだ。もしも誰か途中で止ってゐてはわるい。尤《もっと》も靴下《くつした》もポケットに入ってゐるし必ず下らなければならないといふことはない、けれどもやっぱりこっちを行かう。あゝいゝ気持だ。鉄槌《かなづち》を斯《こ》んなに大きく振って川をあるくことはもう何年ぶりだらう。波が足をあらひ水はつめたく陽《ひ》は射《さ》してゐる。
「先生ぁ、ずゐぶん足ぁ早いな。」富手かな、菅木かな、あんなことを云ってゐる。足が早いといふのは道をあるくときの話だ。こゝも平らで上等の歩道なのだ。たゞ水があるばかり。
「先生、あの崖《がけ》のどご色変ってるのぁ何してす。」簡だ。崖の色か。
〔あれは向ふだけは土が落ちたんです。滑って。〕
うん。あるある。これが裂罅《れっか》を温泉の通った証拠だ。玻璃蛋白石《はりたんぱくせき》の脈だ。
〔こゝをごらんなさい。岩のさけ目に白いものがつまってゐるでせう。これは温泉から沈澱《ちんでん》したのです。石英です。岩のさけ目を白いものが埋めてゐるでせう。いゝ標本です。〕みんなが囲む。水の中だ。
「取らへなぃがべが。」「いゝや、此処《ここ》このまんまの標本だ。」
「それでも取らへなぃがべが。」〔取って見ますか。取れます。〕
中々面倒だ。
「先生こっちにもっと大きなのあるんす。」あるある。これならネストと云ってもいゝ。これなら取れる。ハムマアの尖《とが》った方ではだめだ。平たい方は……。
水がぴちゃぴちゃはねる。そっちの方のものが逃げる、ふん。
〔水がはねますか。やっぱりこっちでやるかな。〕
白く岩に傷がついた。二所《ふたところ》ついた。
とれる。とれた。うまい。新鮮だ。青白い。
緑簾石《りょくれんせき》もついてゐる。さうぢゃないこれは苔《こけ》だ。〔いゝですか。これは玻璃蛋白石です。温泉から沈澱したのです。晶洞もあります。小さな石英の結晶
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