だたんとも、ずいぶんゆぐ穫《と》れだます、まんつ、おらあだりでば大谷地中《おおやぢうぢ》でおれのこれぁとったもの無ぃがったます。」
爾薩待「ははあ、あんまり厚く蒔《ま》きすぎたな。」
農民一「厚ぐ蒔ぐて全体陸稲づもな、一反歩《いったんぶ》さなんぼごりゃ蒔げばいのす。」
爾薩待「さうですな。品種や土壌《どじょう》によりますがなあ、さうですなあ、陸稲一反歩となるというと、可成いろいろですがなあ、その塩水撰したやつとしないやつでもちがいますがなあ。」
農民一「はあ、その塩水撰したのです。」
爾薩待「ははあ、塩水撰した陸稲の種子《たね》と、土壌や肥料にもよりますがなあ。」
農民一「まんつ、あだり前のどごで、あだり前の肥料してす。」
爾薩待「そうですなあ、それは、ええと、あなたのあたりではなんぼぐらい播《ま》きます?」
農民一「まず一反歩四升だなす。おらもその位に播いだんす。」
爾薩待「ははあ、一反歩四升と。少し厚いようですなあ、三升八合ぐらいでしょうな。然し、あなたのとこのは厚蒔のためでもないですなあ。そうすると、やっぱり肥料ですな。肥料があんまり少かったのでしょう。」
農民一「はあ、まぁんつ、人並よりは、やったます。百刈りでば、まずおらあだり一反四|畝《せ》なんだ、その百刈りさ、馬肥《うまごえ》、十五|駄《だん》、豆粕《まめかす》一俵、硫安《りゅうあん》十貫目もやったます。」
爾薩待「あ、その硫安だ。硫安を濃くして掛けたでしょう。」
農民一「はあ、別段濃いど思わなぃがったが、全体なんぼ位に薄めたらいがべす。」
爾薩待「そうですな。硫安の薄め方となるとずいぶん色々ですがなあ、天気にもよりますしね。」
農民一「曇ってまず、土のさっと湿けだずぎだら、なんぼこりゃにすたらいがべす。」
爾薩待「そうですな。またあんまり薄くてもいかんですな。あなたの処ではどれ位にします。」
農民一「まず肥桶《こえおけ》一杯の水さ、この位までて言うます。」
爾薩待「ええ、まあそうですね、けれども、これ位では少し多いかも知れませんね。まあ、こんなんでしょうな。」(掌を少し小さくする)
農民一「はあ、せどなはおれぁは、もっと入れだます。」
爾薩待「そうですか。そうすればまあ病気ですな。」
農民一「何病だべす。」
爾薩待(勿体《もったい》らしく顕微鏡に掛ける)「ははあ、立枯病《たちがれびょう》ですな。立枯病です。ちゃんと見えています。立枯病です。」
農民一「はでな、病気よりも何が虫だなぃがべすか。」
爾薩待「虫もいますか。葉にですか。」
農民一「いいえ、根にす、小せぁ虫こぁ居るようだます。」
爾薩待「ああなるほど虫だ。ちゃんと根を食ったあとがある。これは病気と虫と両方です。主に虫の方です。」
農民一「はあ、私もそうだと思ってあんすた。」
爾薩待(汗を拭《ふ》いてやっと安心という風)「ええ、そうですとも、これはもう明らかに虫です。しかも根切虫だということは極めて明白です。つまりこの稲は根切虫の害によって枯れたのですな。」
農民一「はあ、それで、その根切虫、無ぐするになじょにすたらいがべす。」
爾薩待「さうですなあ、虫を殺すとすればやっぱり亜砒酸《あひさん》などが一番いいですな。」
農民一「はあ、どこで売ってるべす。」
爾薩待「いや、それは私のとこが病院ですからな。私のとこにあります。いま上げます。」
農民一「はあ。」
爾薩待(立って薬瓶《くすりびん》をとる)「何反といいましたですか。」
農民一「五畝歩でごあんす。」
爾薩待「五畝歩とするとどれ位でいいかなあ。(しばらく考えてなあにくそという風)これ位でいいな。」(瓶のまま渡す)
農民一「あの虫のいなぃどごさも掛げるのすか。」
爾薩待(あわてる)「いや、それは、いたとこへだけかけるのです。」
農民一「枯れだどごぁ半分ごりゃだんす。」
爾薩待「ああ、丁度その位へかけるだけです。」
農民一「水さなんぼごりゃ入れるのす。」
爾薩待「肥桶一つへまずこれ位ですなあ。」
農民一「はあ、そうせば、よっぽど叮ねいに掛げなぃやなぃな。まんつお有難うごあんすな。すぐ行って掛げで見ら※[#小書き平仮名ん、232−7]す。なんぼ上げだらいがべす。」
爾薩待「そうですな。診察料一円に薬価一円と、二円いただきます。」
農民一「はあ。」(財布から二円出す)
爾薩待(受取る)「やあ、ありがとう。」
農民一「どうもお有難うごあんした。これがらもどうがよろしぐお願いいだしあんす。」
爾薩待「いや、さよなら。」(農民一 退場)
爾薩待(ほくほくして室の中を往来する)「ふん。亜砒酸は五十銭で一円五十銭もうけだ。これなら一向訳ないな。向こうから聞いた上でこっちは解決をつけてやる丈だから。」(硫安を入れるときの手付をする)
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「もうし。」
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