どはなんでもない。もう七人目のやつが来そうなもんだがなあ。」
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「今日は。」
「はい。」(農民一 登場)
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爾薩待「いや、今日は。私は植物医師の爾薩待です。あなたの陸稲はすっかり枯れたでしょう。」
農民一「はあ。」
爾薩待「それはね、あんまり乾き過ぎたためでもない、あんまり湿り過ぎたためでもない。厚く蒔きすぎたのでもない。まあ一反歩四升ぐらい播いたのでしょう。」
農民一「はあ。」
爾薩待「それでいいのです。また肥料のあまり少ないのでもない。硫安を濃くしてかけたのでもない。肥桶一つへこれ位入れたでしょう。」
農民一「はあ。」
爾薩待「そこでね、それは針金虫というものの害なのです。それをなくするには亜砒酸を水にとかしてかけるのです。」
農民一「はあ、私そうしあんした。」
爾薩待(顔を見て愕《おどろ》く)「おや、あなたはさっきの方ですね。こついは失敬しました。どうでした。」
農民一「どうも、ゆぐなぃよだんすじゃ。かげだれば、稲見でるうぢに赤ぐなってしまたもす。」
爾薩待(あわてる)「いや、そんな筈はありません。それは掛けようが悪いのです。」
農民一「掛げよう悪たてお前さんの言うようにすたます。」
爾薩待「いや、そうでないです。第一、日中に掛けるということがありますか。」
農民一「はでな、そいづお前さん言わなぃんだもな。」
爾薩待「言わないたって知れてるじゃありませんか。いやになっちまうな。」
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「申し。」(農民二 登場)
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農民二「陸稲《おかぼ》さっぱり枯れでしまったます。」
爾薩待「だからね、今も言ってるんだ、こんな天気のまっ盛りに肥料にしろ薬剤にしろかけるという筈はないんだ。」
農民二「何したどす。お前さん、今行ってすぐ掛げろって言ったけぁか。」
爾薩待「それは言った。言ったけれども、君たちのやったようでなく、噴霧器《ふんむき》を使わないといけないんだ。」
農民一「虫も死ぬ位だから陸稲さも悪いのでぁあるまぃが。」
農民二「どうもそうだようだます。」
爾薩待「いや、そんなことはない。ちゃんと処方《しょほう》通りやればうまく行ったんだ。」
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「今日は。」(農民三 登場)
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農民三「先生、あの薬わがなぃ。さっぱり稲枯れるもの。」
爾薩待「いや、それはね、今も言ってたんだが、噴霧器を使わずに、この日中やったのがいけなかったのだ。」
農民三「はぁでな、お前さま、おれさ叮《てい》ねいに柄杓《ひしゃく》でかげろて言っただなぃすか。」
爾薩待「いやいや、それはね、……」
農民二「なあに、この人、まるでさっきたがら、いいこりゃ加減だもさ。」
農民一「あんまり出来さなぃよだね。」
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(医師しおれる)
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農民四、五、六 登場
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農民四「じゃ、この野郎《やろう》、山師たがりだじゃぃ。まるきり稲枯れでしまたな。」
農民五「ひでやづだじゃ。春から汗水たらすて、ようやぐ物にすたの、二百刈りづもの、まるっきり枯らしてしまったな。」
農民六「ほんとにひで野郎だ。」
農民二「全体、はじめの話がら、ひょんただたもな。じゃ、うな、医者だなんて、人がら銭まで取ってで、人の稲枯らして済むもんだが。」
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爾薩待(うなだれる)
(農民等 黙然《もくねん》)
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農民二(ややあって)「いま、もぐり歯医者でも懲役《ちょうえき》になるもの、人|欺《だま》して、こったなごとしてそれで通るづ筈なぃがべじゃ。」
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爾薩待(いよいよしょげる。)
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農民二「六人さ、まるっきり同じごと言って偽《うそ》こいで、そしてで威張って、診察料よごせだ、全体、何の話だりゃ。」
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爾薩待(いよいよしおれる)
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農民一(気の毒になる)「じゃ、あんまりそう言うなじゃ、人の医者だて治るごともあれば、療治|後《おく》れれば死ぬごともあるだ。あんまりそう言うなじゃ。」
農民三「まぁんつ、運悪がたとあぎらめなぃやなぃな。ひでりさ一年かがたど思たらいがべ。」
農民四「全体、みんな同じ陸稲だったがら悪がったもな。ほがのものもあれば、治る人もあったんだとも。あっはっは。」

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