た。
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ダーダーダーダーダースコダーダー
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 強い老人《ろうじん》らしい声が剣舞《けんばい》の囃《はや》しを叫《さけ》ぶのにびっくりして富沢《とみざわ》は目をさました。台所の方で誰《だれ》か三、四人の声ががやがやしているそのなかでいまの声がしたのだ。
 ランプがいつか心《しん》をすっかり細められて障子《しょうじ》には月の光が斜《なな》めに青じろく射《さ》している。盆《ぼん》の十六日の次《つぎ》の夜なので剣舞の太鼓《たいこ》でも叩《たた》いたじいさんらなのかそれともさっきのこのうちの主人《しゅじん》なのかどっちともわからなかった。
(踊《おど》りはねるも三十がしまいって、さ。あんまりじさまの浮《う》かれだのも見だぐなぃもんさ。)むっとしたような慓悍《ひょうかん》な三十台の男の声がした。そしてしばらくしんとした。
(雀《すずめ》百まで踊り忘《わす》れずでさ。)さっきの女らしい細い声が取《と》りなした。
(女《あね》※[#小書き平仮名こ、128−12]引ぱりも百までさ。)またその慓悍な声が刺《さ》すように云《い》った。そしてまたしんとした。そして心配《しんぱい》そうな息《いき》をこくりとのむ音が近くにした。富沢は蚊帳《かや》の外にここの主人が寝《ね》ながらじっと台所の方へ耳をすましているのを半分|夢《ゆめ》のように見た。
(さあ帰って寝るかな。もっ切り二っつだな。そいでぁこいづと。)(戻《もど》るすか。)さっきの女の声がした。こっちではきせるをたんたん続《つづ》けて叩いていた。(亦《また》来るべぃさ。)何だか哀《あわ》れに云《い》って外へ出たらしい音がした。
 あとはもう聞えないくらいの低《ひく》い物言《ものい》いで隣《とな》りの主人からは安心《あんしん》に似《に》たようなしずかな波動《はどう》がだんだんはっきりなった月あかりのなかを流《なが》れて来た。そして富沢《とみざわ》はまたとろとろした。次々《つぎつぎ》うつるひるのたくさんの青い山々の姿《すがた》や、きらきら光るもやの奥《おく》を誰《だれ》かが高く歌を歌いながら通ったと思ったら富沢はまた弱く呼《よ》びさまされた。おもての扉《と》を誰か酔《よ》ったものが歌いながら烈《はげ》しく叩《たた》いていて主人が「返事《へんじ》するな、返事するな。」と低く娘《むすめ》に云っていた。さ
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