四つで十二歳。」と四郎が云いました。
 すると紺三郎は尤《もっと》もらしく又おひげを一つひねって云いました。
「それでは残念ですが兄さんたちはお断わりです。あなた方だけいらっしゃい。特別席をとって置きますから、面白いんですよ。幻燈は第一が『お酒をのむべからず。』これはあなたの村の太右衛門《たえもん》さんと、清作さんがお酒をのんでとうとう目がくらんで野原にあるへんてこなおまんじゅうや、おそばを喰《た》べようとした所です。私も写真の中にうつっています。第二が『わなに注意せよ。』これは私共のこん兵衛《べえ》が野原でわなにかかったのを画《か》いたのです。絵です。写真ではありません。第三が『火を軽べつすべからず。』これは私共のこん助があなたのお家《うち》へ行って尻尾《しっぽ》を焼いた景色です。ぜひおいで下さい。」
 二人は悦《よろこ》んでうなずきました。
 狐《きつね》は可笑《おか》しそうに口を曲げて、キックキックトントンキックキックトントンと足ぶみをはじめてしっぽと頭を振ってしばらく考えていましたがやっと思いついたらしく、両手を振って調子をとりながら歌いはじめました。
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「凍《し》み雪しんこ、堅雪かんこ、
   野原のまんじゅうはポッポッポ。
 酔ってひょろひょろ太右衛門が、
   去年、三十八、たべた。
 凍み雪しんこ、堅雪かんこ、
   野原のおそばはホッホッホ。
 酔ってひょろひょろ清作が、
   去年十三ばいたべた。」
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 四郎もかん子もすっかり釣《つ》り込《こ》まれてもう狐と一緒《いっしょ》に踊《おど》っています。
 キック、キック、トントン。キック、キック、トントン。キック、キック、キック、キック、トントントン。
 四郎が歌いました。
「狐こんこん狐の子、去年狐のこん兵衛が、ひだりの足をわなに入れ、こんこんばたばたこんこんこん。」
 かん子が歌いました。
「狐こんこん狐の子、去年狐のこん助が、焼いた魚を取ろとしておしりに火がつききゃんきゃんきゃん。」
 キック、キック、トントン。キック、キック、トントン。キック、キック、キック、キックトントントン。
 そして三人は踊りながらだんだん林の中にはいって行きました。赤い封蝋《ふうろう》細工のほおの木の芽が、風に吹《ふ》かれてピッカリピッカリと光り、林の中の雪には藍色《あいいろ》の木の影《かげ》がいちめん網《あみ》になって落ちて日光のあたる所には銀の百合《ゆり》が咲いたように見えました。
 すると子狐紺三郎が云いました。
「鹿《しか》の子もよびましょうか。鹿の子はそりゃ笛《ふえ》がうまいんですよ。」
 四郎とかん子とは手を叩いてよろこびました。そこで三人は一緒に叫びました。
「堅雪かんこ、凍み雪しんこ、鹿《しか》の子ぁ嫁ぃほしいほしい。」
 すると向うで、
「北風ぴいぴい風三郎、西風どうどう又三郎」と細いいい声がしました。
 狐の子の紺三郎がいかにもばかにしたように、口を尖《とが》らして云いました。
「あれは鹿の子です。あいつは臆病ですからとてもこっちへ来そうにありません。けれどもう一遍《いっぺん》叫んでみましょうか。」
 そこで三人は又叫びました。
「堅雪かんこ、凍み雪しんこ、しかの子ぁ嫁《よめい》ほしい、ほしい。」
 すると今度はずうっと遠くで風の音か笛の声か、又は鹿の子の歌かこんなように聞えました。
「北風ぴいぴい、かんこかんこ
    西風どうどう、どっこどっこ。」
 狐《きつね》が又ひげをひねって云いました。
「雪が柔《やわ》らかになるといけませんからもうお帰りなさい。今度月夜に雪が凍ったらきっとおいで下さい。さっきの幻燈をやりますから。」
 そこで四郎とかん子とは
「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。」と歌いながら銀の雪を渡っておうちへ帰りました。
「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。」

   雪渡《ゆきわた》り その二(狐小学校の幻燈会)

 青白い大きな十五夜のお月様がしずかに氷《ひ》の上山《かみやま》から登りました。
 雪はチカチカ青く光り、そして今日も寒水石《かんすいせき》のように堅《かた》く凍《こお》りました。
 四郎は狐の紺三郎との約束《やくそく》を思い出して妹のかん子にそっと云いました。
「今夜狐の幻燈会なんだね。行こうか。」
 するとかん子は、
「行きましょう。行きましょう。狐こんこん狐の子、こんこん狐の紺三郎。」とはねあがって高く叫《さけ》んでしまいました。
 すると二番目の兄さんの二郎が
「お前たちは狐のとこへ遊びに行くのかい。僕《ぼく》も行きたいな。」と云いました。
 四郎は困ってしまって肩《かた》をすくめて云《い》いました。
「大兄《おおにい》さん。だって、狐の幻燈会は十一歳までですよ、入場券に書いてあるんだもの。
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