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キックキックトントン、キックキック、トントン、
 凍み雪しんこ、堅雪かんこ、
     野原のおそばはぽっぽっぽ、
 酔ってひょろひょろ清作が
     去年十三ばい喰べた。
キック、キック、キック、キック、トン、トン、トン。
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 写真が消えて一寸《ちょっと》やすみになりました。
 可愛《かあい》らしい狐の女の子が黍団子《きびだんご》をのせたお皿を二つ持って来ました。
 四郎はすっかり弱ってしまいました。なぜってたった今太右衛門と清作との悪いものを知らないで喰べたのを見ているのですから。
 それに狐の学校生徒がみんなこっちを向いて「食うだろうか。ね。食うだろうか。」なんてひそひそ話し合っているのです。かん子ははずかしくてお皿を手に持ったまままっ赤になってしまいました。すると四郎が決心して云いました。
「ね、喰べよう。お喰べよ。僕《ぼく》は紺三郎さんが僕らを欺《だま》すなんて思わないよ。」そして二人は黍団子をみんな喰べました。そのおいしいことは頬《ほ》っぺたも落ちそうです。狐の学校生徒はもうあんまり悦んでみんな踊りあがってしまいました。
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キックキックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
 よるはツンツン月あかり、
 たとえからだを、さかれても
 狐の生徒はうそ云うな。」
キック、キックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
 よるはツンツン月あかり
 たとえこごえて倒《たお》れても
 狐の生徒はぬすまない。」
キックキックトントン、キックキックトントン。
「ひるはカンカン日のひかり
 よるはツンツン月あかり
 たとえからだがちぎれても
 狐の生徒はそねまない。」
キックキックトントン、キックキックトントン。
[#ここで字下げ終わり]
 四郎もかん子もあんまり嬉《うれ》しくて涙《なみだ》がこぼれました。
 笛がピーとなりました。
『わなを軽べつすべからず』と大きな字がうつりそれが消えて絵がうつりました。狐のこん兵衛《べえ》がわなに左足をとられた景色です。
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「狐こんこん狐の子、去年狐のこん兵衛が
左の足をわなに入れ、こんこんばたばた
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こんこんこん。」
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とみんなが歌いました。
 四郎がそっとかん子に云いました。
「僕の作った歌だねい。」
 絵が消えて『火を軽べつすべからず』という字があらわれました。それも消えて絵がうつりました。狐のこん助が焼いたお魚を取ろうとしてしっぽに火がついた所です。
 狐の生徒がみな叫びました。
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「狐こんこん狐の子。去年狐のこん助が
 焼いた魚を取ろとしておしりに火がつき
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きゃんきゃんきゃん。」
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 笛がピーと鳴り幕は明るくなって紺三郎が又出て来て云いました。
「みなさん。今晩の幻燈はこれでおしまいです。今夜みなさんは深く心に留《と》めなければならないことがあります。それは狐のこしらえたものを賢《かしこ》いすこしも酔わない人間のお子さんが喰べて下すったという事です。そこでみなさんはこれからも、大人になってもうそをつかず人をそねまず私共狐の今迄《いままで》の悪い評判をすっかり無くしてしまうだろうと思います。閉会の辞です。」
 狐の生徒はみんな感動して両手をあげたりワーッと立ちあがりました。そしてキラキラ涙をこぼしたのです。
 紺三郎が二人の前に来て、丁寧におじぎをして云いました。
「それでは。さようなら。今夜のご恩は決して忘れません。」
 二人もおじぎをしてうちの方へ帰りました。狐の生徒たちが追いかけて来て二人のふところやかくしにどんぐりだの栗だの青びかりの石だのを入れて、
「そら、あげますよ。」「そら、取って下さい。」なんて云って風の様に逃《に》げ帰って行きます。
 紺三郎は笑って見ていました。
 二人は森を出て野原を行きました。
 その青白い雪の野原のまん中で三人の黒い影《かげ》が向うから来るのを見ました。それは迎《むか》いに来た兄さん達でした。



底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
   1990(平成2)年5月25日発行
   1997(平成9)年5月10日17刷
初出:「愛国婦人」
   1921(大正10)年12月号、1922(大正11)年1月号
入力:土屋隆
校正:田中敬三
2006年3月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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