。ひゆう、ひゆうひゆう、ひゆひゆう。」
雪婆んごはまた遠くの風の中で叫びました。
そして、風と雪と、ぼさぼさの灰のやうな雲のなかで、ほんたうに日は暮れ雪は夜ぢゆう降つて降つて降つたのです。やつと夜明けに近いころ、雪婆んごはも一度、南から北へまつすぐに馳《は》せながら云ひました。
「さあ、もうそろそろやすんでいゝよ。あたしはこれからまた海の方へ行くからね、だれもついて来ないでいいよ。ゆつくりやすんでこの次の仕度をして置いておくれ。ああまあいいあんばいだつた。水仙月の四日がうまく済んで。」
その眼は闇《やみ》のなかでをかしく青く光り、ばさばさの髪を渦巻かせ口をびくびくしながら、東の方へかけて行きました。
野はらも丘もほつとしたやうになつて、雪は青じろくひかりました。空もいつかすつかり霽《は》れて、桔梗《ききやう》いろの天球には、いちめんの星座がまたたきました。
雪童子らは、めいめい自分の狼《おいの》をつれて、はじめてお互|挨拶《あいさつ》しました。
「ずゐぶんひどかつたね。」
「ああ、」
「こんどはいつ会ふだらう。」
「いつだらうねえ、しかし今年中に、もう二へんぐらゐのもんだらう。」
「早くいつしよに北へ帰りたいね。」
「ああ。」
「さつきこどもがひとり死んだな。」
「大丈夫だよ。眠つてるんだ。あしたあすこへぼくしるしをつけておくから。」
「ああ、もう帰らう。夜明けまでに向ふへ行かなくちや。」
「まあいゝだらう。ぼくね、どうしてもわからない。あいつはカシオペーアの三つ星だらう。みんな青い火なんだらう。それなのに、どうして火がよく燃えれば、雪をよこすんだらう。」
「それはね、電気菓子とおなじだよ。そら、ぐるぐるぐるまはつてゐるだらう。ザラメがみんな、ふわふわのお菓子になるねえ、だから火がよく燃えればいゝんだよ。」
「ああ。」
「ぢや、さよなら。」
「さよなら。」
三人の雪童子《ゆきわらす》は、九疋《くひき》の雪狼《ゆきおいの》をつれて、西の方へ帰つて行きました。
まもなく東のそらが黄ばらのやうに光り、琥珀《こはく》いろにかゞやき、黄金《きん》に燃えだしました。丘も野原もあたらしい雪でいつぱいです。
雪狼どもはつかれてぐつたり座つてゐます。雪童子も雪に座つてわらひました。その頬《ほほ》は林檎《りんご》のやう、その息は百合《ゆり》のやうにかをりました。
ギラギラのお日さまがお登りになりました。今朝は青味がかつて一そう立派です。日光は桃いろにいつぱいに流れました。雪狼は起きあがつて大きく口をあき、その口からは青い焔《ほのほ》がゆらゆらと燃えました。
「さあ、おまへたちはぼくについておいで。夜があけたから、あの子どもを起さなけあいけない。」
雪童子は走つて、あの昨日の子供の埋《うづ》まつてゐるとこへ行きました。
「さあ、ここらの雪をちらしておくれ。」
雪狼どもは、たちまち後足で、そこらの雪をけたてました。風がそれをけむりのやうに飛ばしました。
かんじきをはき毛皮を着た人が、村の方から急いでやつてきました。
「もういゝよ。」雪童子は子供の赤い毛布《けつと》のはじが、ちらつと雪から出たのをみて叫びました。
「お父さんが来たよ。もう眼をおさまし。」雪わらすはうしろの丘にかけあがつて一本の雪けむりをたてながら叫びました。子どもはちらつとうごいたやうでした。そして毛皮の人は一生けん命走つてきました。
底本:「宮沢賢治全集 8」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年1月28日第1刷発行
入力:あきら
校正:伊藤時也
2003年4月28日作成
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