中からは
こっちが見えるわけなのか
さよならなんていはれると
まるでわれわれ職員が
タイタニックの甲板で
Nearer my God か何かうたふ
悲壮な船客まがひである
むしろこの際進度表などなげ出して
寒暖計やテープをもって
霧にじゃぼんと跳びこむことだ
いくら異例の風景でも
立派な自然現象で
活動写真のトリックなどではないのだから
寒暖計も湿度計も……
 ……霧はもちろん飽和だが……
地表面から高さにつれて
ちがった数を出す筈だ
[#改ページ]

  四〇九  冬
[#地付き]一九二五、二、五、

がらにもない商略なんぞたてようとしたから
そんな嫌人症《ミザンスロピー》にとっつかまったんだ
  ……とんとん叩いてゐやがるな……
なんだい あんな 二つぽつんと赤い火は
  ……山地はしづかに収斂し
    凍えてくらい月のあかりや雲……
八時の電車がきれいなあかりをいっぱいのせて
防雪林のてまへの橋をわたってくる
  ……あゝあ 風のなかへ消えてしまひたい……
蒼ざめた冬の層積雲が
ひがしへひがしへ畳んで行く
  ……とんとん叩いてゐやがるな……
世紀末風のぼんやり青い氷霧だの

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