はおまへの行く方角で
あらたな仕事を見つけるのだ)
風がまた来れば
一瞬白い水あかり
(待ておまへはアルモン黒《ブラック》だな)
乱れた鉛の雲の間に
ひどく傷んで月の死骸があらはれる
それはあるいは風に膨れた大きな白い星だらう
烏が軋り
雨はじめじめ落ちてくる
[#改ページ]
三一一 昏い秋
[#地付き]一九二四、一〇、四、
黒塚森の一群が
風の向ふにけむりを吐けば
そんなつめたい白い火むらは
北いっぱいに飛んでゐる
……野はらのひわれも火を噴きさう……
雲の鎖やむら立ちや
白いうつぼの稲田にたって
ひとは幽霊写真のやうに
ぼんやりとして風を見送る
[#改ページ]
三一三 産業組合青年会
[#地付き]一九二四、一〇、五、
祀られざるも神には神の身土があると
あざけるやうなうつろな声で
さう云ったのはいったい誰だ 席をわたったそれは誰だ
……雪をはらんだつめたい雨が
闇をぴしぴし縫ってゐる……
まことの道は
誰が云ったの行ったの
さういふ風のものでない
祭祀の有無を是非するならば
卑賤の神のその名にさへもふさはぬと
応へたものはいったい何だ いきまき応へたそれは何だ
……ときどき遠いわだちの跡で
水がかすかにひかるのは
東に畳む夜中の雲の
わづかに青い燐光による……
部落部落の小組合が
ハムをつくり羊毛を織り医薬を頒ち
村ごとのまたその聯合の大きなものが
山地の肩をひととこ砕いて
石灰岩末の幾千車かを
酸えた野原にそゝいだり
ゴムから靴を鋳たりもしよう
……くろく沈んだ並木のはてで
見えるともない遠くの町が
ぼんやり赤い火照りをあげる……
しかもこれら熱誠有為な村々の処士会同の夜半
祀られざるも神には神の身土があると
老いて呟くそれは誰だ
[#改ページ]
三一四
[#地付き]一九二四、一〇、五、
夜の湿気と風がさびしくいりまじり
松ややなぎの林はくろく
そらには暗い業の花びらがいっぱいで
わたくしは神々の名を録したことから
はげしく寒くふるへてゐる
[#改ページ]
三一七 善鬼呪禁
[#地付き]一九二四、一〇、一一、
なんぼあしたは木炭《すみ》を荷馬車に山に積み
くらいうちから町へ出かけて行くたって
こんな月夜の夜なかすぎ
稲をがさがさ高いところにかけたりなんかしてゐると
あんな遠くのうす墨いろの野原まで
葉擦れの音も聞えてゐたし
どこからどんな苦情が来ないもんでない
だいいちそうら
そうら あんなに
苗代の水がおはぐろみたいに黒くなり
畦に植わった大豆《まめ》もどしどし行列するし
十三日のけぶった月のあかりには
十字になった白い暈さへあらはれて
空も魚の眼球《めだま》に変り
いづれあんまり碌でもないことが
いくらもいくらも起ってくる
おまへは底びかりする北ぞらの
天河石《アマゾンストン》のところなんぞにうかびあがって
風をま喰《くら》ふ野原の慾とふたりづれ
威張って稲をかけてるけれど
おまへのだいじな女房は
地べたでつかれて酸乳みたいにやはくなり
口をすぼめてよろよろしながら
丸太のさきに稲束をつけては
もひとつもひとつおまへへ送り届けてゐる
どうせみんなの穫れない歳を
逆に旱魃《ひでり》でみのった稲だ
もういゝ加減区劃りをつけてはねおりて
鳥が渡りをはじめるまで
ぐっすり睡るとしたらどうだ
[#改ページ]
三二〇 ローマンス(断片)
[#地付き]一九二四、一〇、一二、
ぼくはもいちど見て来ますから
あなたはここで
月のあかりの汞から
咽喉だの胸を犯されないやう
よく気を付けて待っててください
あの綿火薬のけむりのことなぞ
もうお考へくださいますな
最後にひとつの積乱雲が
ひどくちぢれて砕けてしまふ
[#改ページ]
三三一 凍雨
[#地付き]一九二四、一〇、二四、
つめたい雨も木の葉も降り
町へでかけた用|足《タシ》たちも
背簑《ケラ》をぬらして帰ってくる
……凍らす風によみがへり
かなしい雲にわらふもの……
牆林《ヤグネ》は黝く
上根子堰の水もせゝらぎ
風のあかりやおぼろな雲に洗はれながら
きゃらの樹が塔のかたちにつくられたり
崖いっぱいの萱の根株が
妖しい紅《べに》をくゆらしたり
……さゝやく風に目を瞑り
みぞれの雲にあへぐもの……
北は鍋倉円満寺
南は太田飯豊笹間
小さな百の組合を
凍ってめぐる白の天涯
[#改ページ]
三二九
[#地付き]一九二四、一〇、二六、
野馬がかってにこさへたみちと
ほんとのみちとわかるかね?
なるほどおほばこセンホイン
その実物もたしかかね?
おんなじ型の黄いろな丘を
ずんずん数へて来れるかね?
前へ
次へ
全27ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング