ぐし
しづかにならんで接骨樹藪をまはってくれば
季節の風にさそはれて
わざわざここの台地の上へ
ステップ地方の鳥の踊《をどり》
それををどりに来たのかと
誰でもちょっとかんがへさう
けらがばさばさしてるのに
瓶のかたちのもんぺをはいて
めいめい鍬を二梃づつ
その刃を平らにせなかにあて
荷縄を胸に結ひますと
その柄は二枚の巨きな羽
かれ草もゆれ笹もゆれ
こんがらかった遠くの桑のはたけでは
けむりの青い Lento もながれ
崖の上ではこどもの凧の尾もひかる
そこをゆっくりまはるのは
もうどうしても鳥踊《フォーゲルタンツ》
大陸からの西風は
雪の長嶺を越えてきて
かげろふの紐をときどき消し
翡翠いろした天頂では
ひばりもじゅうじゅくじゅうじゅく鳴らす
そこをしづしづめぐるのは
どうもまことに鳥踊《フォーゲルタンツ》
そこらでぴったりとまるのも
やっぱりもって鳥踊り
しばらく顔を見合せながら
赤い手桶をはたけにおろし
天使のやうに向きあって
胸に手あてて立つといふ
ビザンチンから近世まで
大へん古いポーズです
おやおや胸の縄をとく!
おひとりうしろへまはって行って
大じな羽をおろしてしまふ
それからこちらが縄をとく
そちらが羽をおろしてあげる
けらをみがるにぬぎすてて
まゝごとみたいに座ってしまひ
髪をなでたり
ぽろっぽろっとおはなしなんどはじめれば
そこらあたりの茎ばっかしのキャベヂから
たゞもういちめんラムネのやうに
ごぼごぼと湧くかげろふばかり
鳥の踊りももうおしまひ
[#改ページ]
九九
[#地付き]一九二四、五、一六、
鉄道線路と国道が、
こゝらあたりは並行で、
並木の松は、
そろってみちに影を置き
電信ばしらはもう掘りおこした田のなかに
でこぼこ影をなげますと
いたゞきに花をならべて植ゑつけた
ちひさな萱ぶきのうまやでは
馬がもりもりかひばを噛み
頬の赤いはだしの子どもは
その入口に稲草の縄を三本つけて
引っぱったりうたったりして遊んでゐます
柳は萌えて青ぞらに立ち
田を犁く馬はあちこちせはしく行きかへり
山は草火のけむりといっしょに
青く南へながれるやう
雲はしづかにひかって砕け
水はころころ鳴ってゐます
さっきのかゞやかな松の梢の間には
一本の高い火の見はしごがあって
その片っ方の端が折れたので
赭髪の小さな goblin が
そこに座ってやすんでゐます
やすんでこゝらをながめてゐます
ずうっと遠くの崩れる風のあたりでは
草の実を啄むやさしい鳥が
かすかにごろごろ鳴いてゐます
このとき銀いろのけむりを吐き
こゝらの空気を楔のやうに割きながら
急行列車が出て来ます
ずゐぶん早く走るのですが
車がみんなまはってゐるのは見えますので
さっきの頬の赤いはだしの子どもは
稲草の縄をうしろでにもって
汽車の足だけ見て居ます
その行きすぎた黒い汽車を
この国にむかしから棲んでゐる
三本鍬をかついだ巨きな人が
にがにが笑ってじっとながめ
それからびっこをひきながら
線路をこっちへよこぎって
いきなりぽっかりなくなりますと
あとはまた水がころころ鳴って
馬がもりもり噛むのです
[#改ページ]
一〇六
[#地付き]一九二四、五、一八、
日はトパースのかけらをそゝぎ
雲は酸敗してつめたくこごえ
ひばりの群はそらいちめんに浮沈する
(おまへはなぜ立ってゐるか
立ってゐてはいけない
沼の面にはひとりのアイヌものぞいてゐる)
一本の緑天鵞絨の杉の古木が
南の風にこごった枝をゆすぶれば
ほのかに白い昼の蛾は
そのたよりない気岸の線を
さびしくぐらぐら漂流する
(水は水銀で
風はかんばしいかをりを持ってくると
さういふ型の考へ方も
やっぱり鬼神の範疇である)
アイヌはいつか向ふへうつり
蛾はいま岸の水ばせうの芽をわたってゐる
[#改ページ]
一一六 津軽海峡
[#地付き]一九二四、五、一九、
南には黒い層積雲の棚ができて
二つの古びた緑青いろの半島が
こもごもひるの疲れを払ふ
……しばしば海霧を析出する
二つの潮の交会点……
波は潜まりやきらびやかな点々や
反覆される異種の角度の正反射
あるいは葱緑と銀との縞を織り
また錫病と伯林青《プルシャンブルウ》
水がその七いろの衣裳をかへて
朋に誇ってゐるときに
……喧《かしま》びやしく澄明な
東方風の結婚式……
船はけむりを南にながし
水脈は凄美な砒素鏡になる
早くも北の陽ざしの中に
蝦夷の陸地の起伏をふくみ
また雨雲の渦巻く黒い尾をのぞむ
[#改ページ]
一一八 函館港春夜光景
[#地付き]一九二四、五、一九、
地球照ある七日の月が、
海峡の西にかかって、
岬の黒い山々
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