ん崖になる
あしおとがいま峯の方からおりてくる
ゆふべ途中の林のなかで
たびたび聞いたあの透明な足音だ
……わたくしはもう仕方ない
誰が来ように
こゝでかう肱を折りまげて
睡ってゐるより仕方ない
だいいちどうにも起きられない……
:
:
:
叫んでゐるな
(南無阿弥陀仏)
(南無阿弥陀仏)
(南無阿弥陀仏)
何といふふしぎな念仏のしやうだ
まるで突貫するやうだ
:
:
:
もうわたくしを過ぎてゐる
あゝ見える
二人のはだしの逞ましい若い坊さんだ
黒の衣の袖を扛げ
黄金で唐草模様をつけた
神輿を一本の棒にぶらさげて
川下の方へかるがるかついで行く
誰かを送った帰りだな
声が山谷にこだまして
いまや私はやっと自由になって
眼をひらく
こゝは河原の坊だけれども
曾つてはこゝに棲んでゐた坊さんは
真言か天台かわからない
とにかく昔は谷がも少しこっちへ寄って
あゝいふ崖もあったのだらう
鳥がしきりに啼いてゐる
もう登らう
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三七五 山の晨明に関する童話風の構想
[#地付き]一九二五、八、一一、
つめたいゼラチンの霧もあるし
桃いろに燃える電気菓子もある
またはひまつの緑茶をつけたカステーラや
なめらかでやにっこい緑や茶いろの蛇紋岩
むかし風の金米糖でも
wavellite の牛酪でも
またこめつがは青いザラメでできてゐて
さきにはみんな
大きな乾葡萄《レジン》がついてゐる
みやまういきゃうの香料から
蜜やさまざまのエッセンス
そこには碧眼の蜂も顫へる
さうしてどうだ
風が吹くと 風が吹くと
傾斜になったいちめんの釣鐘草《ブリューベル》の花に
かゞやかに かがやかに
またうつくしく露がきらめき
わたくしもどこかへ行ってしまひさうになる……
蒼く湛へるイーハトーボのこどもたち
みんなでいっしょにこの天上の
飾られた食卓に着かうでないか
たのしく燃えてこの聖餐をとらうでないか
そんならわたくしもたしかに食ってゐるのかといふと
ぼくはさっきからこゝらのつめたく濃い霧のジェリーを
のどをならしてのんだり食ったりしてるのだ
ぼくはじっさい悪魔のやうに
きれいなものなら岩でもなんでもたべるのだ
おまけにいま
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