塊の夏の泡
いるかのやうに踊りながらはねあがりながら
もう積雲の焦げたトンネルも通り抜け
緑青を吐く松の林も
続々うしろへたたんでしまって
なほいっしんに野原をさしてかけおりる
わが親愛なる布佐機関手が運転する
岩手軽便鉄道の
最後の下り列車である
[#改ページ]

  三七〇
[#地付き]一九二五、八、一〇、

   ……朝のうちから
     稲田いちめん雨の脚……
駅の出口のカーヴのへんは
X形の信号標や
はしごのついた電柱で
まづは巨きな風の廊下といったふう
ひどく明るくこしらへあげた
   ……せいせいとした穂孕みごろ
     稲にはかゝる水けむり……
親方は
信号標のま下に立って
びしゃびしゃ雨を浴びながら
じっと向ふを見詰めてゐる
   ……※[#歌記号、1−3−28]雨やら雲やら向ふは暗いよと……
そのこっちでは工夫が二人
つるはしをもちしょんぼりとして
三べん四へん稲びかりから漂白される
   ……※[#歌記号、1−3−28]くらい山根に滝だのあるよと……
そのまたこっちのプラットフォーム
駅長室のはしらには
夜のつゞきの黄いろなあかり
   ……※[#歌記号、1−3−28]雨やら雲やら向ふは……
雨の中から
黒いけむりがもくもく湧いて
機関車だけが走ってくる
ずゐぶん長い煙突だけれども
まっ正直に稲妻も浴び
浅黄服着た火夫もわらって顔を出し
雨だの稲だのさっと二つに分けながら
地響きさせて走ってくれば
親方もにんがり笑ひ
工夫も二人腕を組む
   ……※[#歌記号、1−3−28]雨やら雲やら……
[#改ページ]

  三七二  渓にて
[#地付き]一九二五、八、一〇、

うしろでは滝が黄いろになって
どんどん弧度を増してゐるし
むじな色の雲は
谷いっぱいのいたやの脚をもう半分まで降りてゐる
しかもこゝだけ
ちゃうど直径一米
雲から掘り下げた石油井戸ともいふ風に
ひどく明るくて玲瓏として
雫にぬれたしらねあふひやぜんまいや
いろいろの葉が青びかりして
風にぶるぶるふるへてゐる
早くもぴしゃっといなびかり
立派に青じろい大静脈のかたちである
さあ鳴りだした
そこらの蛇紋岩橄欖岩みんなびりびりやりだした
よくまあこゝらのいたやの木が
こんなにがりがり鳴るなかで
ぽたりと雫を落したり
じっと立ったりしてゐるもんだ
早く走って下りないと
下流でわたって行
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